タイのEコマース市場に地殻変動が起きている。タイ電子取引開発機構(ETDA)がEコマースプラットフォームに対し、最低3-5社の配送業者を選択肢として提供することを義務付ける新規制を2025年末の施行に向けて策定中だ。この規制は、急成長するTikTok ShopとJ&T Expressの緊密な提携による市場独占への警戒が背景にある。
規制導入の背景:TikTokの急成長が生んだ市場の歪み
タイのデジタル市場では、TikTokが驚異的な成長を遂げている。タイのTikTok浸透度が世界2位に到達し、Eコマース売上は8倍成長を記録した。しかし、この急成長の裏で市場構造に深刻な問題が生じている。
TikTok ShopはJ&T Express(Global Jet Express)との優遇的なパートナーシップを結んでいる。J&T Expressは中国系の国際物流企業で、東南アジア各国に急速に展開している配送サービスだ。TikTokはこの特定業者との緊密な提携により、Thailand PostやFlash Expressといったタイ国内の既存配送業者を事実上締め出している。
この戦略により、販売事業者は配送業者を自由に選択できず、徐々に引き上げられる手数料や広告費を受け入れざるを得ない状況に追い込まれている。
問題は、TikTokが自らを「ソーシャルコマース」として登録することで、ShopeeやLazadaなどが遵守を義務付けられている厳格な規制の対象から外れていた点にある。この「規制の抜け穴」が、公正な競争環境を阻害しているとの批判が高まった。
新規制の具体的な内容と対象
新規制では、プラットフォームが最低3-5社の「有能な」配送業者を販売者と購入者の両方に選択肢として提供することが義務付けられる。ETDAは既にThailand Post、Flash Express、J&T Express、Lazada Express、Shopee Xpressといった国内主要物流企業5社と協議を重ねている。
規制は主要なマーケットプレイス全てに適用されるが、特に照準を合わせているのはTikTokだ。ETDAのチャイチャナ・ミットラパン事務局長は、登録上の分類に関わらず、事業の実態がマーケットプレイスである以上、法規制を遵守する必要があると言明している。
この動きは2022年のデジタルプラットフォームサービス(DPS)勅令という包括的な法的枠組みに基づいており、ETDAは既にShopee、Lazada、Grab、Alibaba、eBayなど19社を「高インパクトプラットフォーム」に指定している。
競争政策との連携:二重の規制圧力
ETDAの動きと歩調を合わせ、タイ競争委員会(TCCT)も独占禁止法の観点からEコマース市場の監視を強化している。TCCTは特定の物流サービスや決済ゲートウェイの使用強制(タイイング)や、自社製品の不当な優遇(自己優遇)を問題視している。
この「ペンチ攻撃」により、プラットフォームは消費者保護の観点と競争法の観点の両面から規制圧力を受けることになる。
各ステークホルダーへの影響
物流業界
これまで大手プラットフォームとの取引が困難だった中小配送業者にも市場参入の機会が広がる。一方で、プラットフォーム上で料金やサービスが直接比較されるため、価格競争はより激化する見込みだ。Flash Expressなど、タイ3社ユニコーンIPOを控える企業にとっては新たなビジネス機会となる可能性もある。
販売事業者(中小企業)
配送コストとサービス品質を比較して最適な業者を選択できるようになる。しかし、プラットフォームがシステム開発コストを販売手数料に転嫁した場合、結果的にコスト負担が増加するリスクもある。
消費者
配送速度、料金、サービス品質に基づいて配送業者を自由に選択できるメリットがある。一方で、選択肢の増加による情報過多や、トラブル発生時の責任所在の複雑化という課題も予想される。
グローバルな規制潮流との連動
この規制は、EUのデジタル市場法(DMA)や米国でのAmazon反独占訴訟と思想的共通点を持つ。特に米連邦取引委員会(FTC)が指摘するAmazonの「Fulfillment by Amazon(FBA)」利用強制問題と構造的に類似している。
タイの規制当局は国際的な執行事例を参考に、自国市場で同様の問題が深刻化する前に予防的措置を講じているとみられる。
今後の展望と企業対応
新規制は2025年末の施行を目標としているが、いくつかの課題が残されている。海外プラットフォームへの執行メカニズム、トラブル時の責任分界点の明確化、規制遵守コストの最終負担者の問題などだ。
企業はこの変革期を乗り切るため、以下の対応が重要となる:
物流事業者: 専門特化とテクノロジー投資による差別化、大手プラットフォームとの新たな提携機会の追求
販売事業者: 物流リテラシーの向上と戦略的な配送オプション設計、複数業者比較による最適化
タイEコマース三つ巴の激戦が続く中、この規制により市場の競争軸が価格からサービス品質へと移行することが期待される。LINEもチャットコマース戦略でTikTok ShopやShopeeとの差別化を図っており、公正な競争環境の整備は業界全体の健全な発展に寄与するだろう。
BKK IT Newsは、この規制によりタイのEコマース市場が自由放任の時代から、公正な競争と消費者保護を両立させる新たな秩序の時代へと転換すると予測している。企業は規制遵守にとどまらず、変化をビジネス機会として捉える戦略的思考が求められる。
参考記事リンク
- Thailand to Force E-commerce Platforms to Offer Choice of Delivery Firms
- Thailand tightens e-commerce control
- Thai SMEs and couriers hit as TikTok poised to monopolise e-commerce
- Thailand Seeks Comments on Draft Trade Practice Guidelines for E-commerce
- US Federal Trade Commission Accuses Amazon of Illegal Monopoly