タイのEコマース市場が歴史的な転換点を迎えている。2024年に1兆1,000億バーツを突破した市場では、Shopee、Lazada、TikTok Shopによる三つ巴の激戦が繰り広げられている。単なるシェア争いを超えて、オンライン商取引の本質が「取引型」から「エンターテインメント型」へと根本的に変化している。
Shopeeが王座を固める戦略
市場リーダーのShopeeは消費者利用率75%、GMVシェア49%で圧倒的な地位を築いている。Shopeeは中国系シンガポール人がオンラインゲーム会社Garenaから始めたSea Limitedが運営する。同社の強さは全方位戦略にある。アプリ内ゲーム「Shopee Farm」やインタラクティブ機能でユーザーの滞在時間を延ばし、「9.9」「11.11」といったメガセールで消費者の購買習慣を変えた。
独自物流「Shopee Xpress」により配送コストと品質を管理し、AI活用広告ツール「Shopee Ads」で販売者支援を強化している。KOLを起用したライブストリーミングも積極展開し、多角的にユーザーエンゲージメントを高めている。
しかし成長追求のための攻撃的プロモーションと収益性確保のバランスが課題となっている。2024年9月には販売者手数料上限を11%に引き上げ、加盟店との摩擦を生んでいる。
Lazadaのプレミアム戦略
古豪のLazadaは消費者利用率67%、GMVシェア30%で第2位につけている。Alibabaグループの技術力を背景に、差別化戦略を展開している。
核となるのは公式ブランド正規品のみを扱う「LazMall」だ。電子機器などの高額商品で消費者の信頼を獲得し、ブランド志向の消費者にアピールしている。
AI投資も大規模に進めている。パーソナルショッピングアシスタント「AI Lazzie」、商品説明の自動生成、多言語翻訳機能などを提供。販売者向けには「AI Smart Product Optimisation」で運営効率化を支援している。
一方で成長が鈍化している課題もある。価格とエンターテインメント性で競合と争いながら、プレミアムブランドイメージを維持する難しい舵取りを迫られている。
TikTok Shopの破壊的参入
2021年参入のTikTok Shopは消費者利用率51%、GMVシェア21%で急成長している。4,000万人のユーザーベースと強力なアルゴリズムが最大の武器だ。
「ショッパーテインメント」という新概念で市場を再定義した。ユーザーは目的商品を探すのではなく、コンテンツを楽しむ中で偶発的に商品と出会う。この発見体験が衝動買いを強力に促進している。
ライブコマース市場では議論の余地のないリーダーだ。2024年のGMVの70%がタイのクリエイターによって生み出された。アフィリエイトプログラムで何百万人ものクリエイターがUGCを制作し、従来広告より効果的な宣伝を実現している。
今後5年間でタイに88億米ドルの投資を約束し、長期支配の意志を示している。
激化する競争が生む新トレンド
三つ巴の競争は市場全体を変化させている。ライブコマースはEコマース戦略の中心的柱となり、2024年のタイEC売上の30%を占める見込みだ。
2024年半ばのTemu参入は「フルフィルメント・バイ・プラットフォーム」モデルで価格競争を激化させた。これに対抗してShopeeは「Shopee Choice」、Lazadaは「Lazada Choice」を導入し、従来のマーケットプレイスから垂直統合モデルへの転換を迫られている。
物流競争も激しさを増している。TikTokのJ&T Express優遇により、タイ郵便は取扱量大幅減、Kerry Expressは赤字に転落するなど、隣接産業の構造変化も進んでいる。
企業と消費者への影響
中小企業は新たな販路を得る機会がある一方、厳しい挑戦に直面している。安価な中国製品との競争、上昇するプラットフォーム手数料、顧客データを握るプラットフォームへの依存度増加という三重苦だ。
消費者は利便性と選択肢拡大の恩恵を受けている。しかしオンライン詐欺は年間数万件発生し、数十億バーツ規模の損害が出ている。偽レビューや個人情報保護への懸念も高まっている。
クリエイターエコノミーは新たな収入源を生み出したが、プラットフォームのアルゴリズム変更に依存する不安定な基盤という課題もある。
政府規制と未来展望
タイ政府は「デジタルプラットフォームサービス勅令」で外国籍プラットフォームへの規制を強化している。利益の海外流出や税収確保が主な懸念だ。
2027年には市場規模1兆6,000億バーツ到達が予測される中、3強の競争は更に激化する見込みだ。各社は独自の強みを活かしながら、新技術導入と規制対応の両立が求められる。
BKK IT Newsでは、この競争がタイのデジタル経済全体にとって革新と成長の原動力になると予想している。企業は各プラットフォームの特性を理解し、適切な戦略選択が成功の鍵となるだろう。