タイ英字新聞「The Nation Thailand」は8月10日、タイのTikTok利用率がアジア1位、世界2位に達したと報じた。タイのインターネットユーザーの8割以上が毎月TikTokを利用し、世界平均の3割を大幅に上回る数値を記録している。この驚異的な浸透率の背景には、タイ独特のデジタル文化と社会構造の変化がある。
パンデミックが加速させた急成長
TikTokがタイで爆発的に普及した背景を辿ると、COVID-19パンデミックの影響が大きい。2020年から始まったロックダウン措置により、タイ人の1日平均インターネット利用時間は11時間23分まで急増した。自宅で過ごす時間が増加する中、手軽に楽しめる短尺動画コンテンツへの需要が一気に高まったのである。
タイ保健省やWHOなどの公的機関もTikTok上に公式アカウントを開設し、パンデミック情報の発信チャネルとして活用。これによりプラットフォームとしての社会的信頼性を獲得し、より幅広い層への普及基盤を築いた。
さらに重要だったのは、TikTokがタイ文化の根底にある「サヌック(楽しさ)」の精神と完璧に合致したことだ。ポテトチップスブランド「Lay’s」のダンスチャレンジが8,000万回再生を記録するなど、参加型のエンターテインメントがバイラル現象を生み出した。
利用時間でYouTubeに迫る勢い
タイのユーザーはTikTokに月平均37時間40分から38時間16分を費やしている。これはYouTube(月平均42時間14分)に次ぐ長時間利用となり、Facebook(月平均16時間23分)やLINE(月平均7時間15分)を2倍以上引き離している。
「最も好きなソーシャルメディア」調査では、TikTokが32.7%でFacebookの29.5%を上回り首位に立った。長年タイのソーシャルメディア王座に君臨したFacebookを抜いたことは、ユーザーの心理的愛着においてもTikTokが優位に立ったことを示している。
政治の世界でも存在感を拡大
TikTokの影響は娯楽の領域を超え、政治分野でも決定的な力を発揮している。2023年の総選挙では、新興政党の前進党がTikTokを主戦場として戦略的に活用。他の主要政党がFacebookなど従来型ソーシャルメディアに固執する中、TikTok最適化された短尺動画とミームを駆使したキャンペーンを展開した。
その結果、前進党の公式TikTokアカウントはフォロワー300万人、累計4,180万「いいね」を獲得。タイ貢献党のフォロワー30.1万人を桁違いに引き離し、選挙期間中の動画は累計3億回以上再生された。若者層から圧倒的な支持を集め、TikTokが選挙結果を左右するほどの政治的パワーを持つことを証明した。
2020年から2021年の民主化デモでも、厳格な検閲法下で若者たちがダンスやパロディに政治的メッセージを込めた「象徴的抵抗」の場として機能。権威を直接攻撃するのではなく、ユーモアで風刺し無力化する創造的手法で、検閲を回避しながら連帯を築く効果的戦略となった。
Eコマース市場で急成長を遂げる
経済面での影響も劇的だ。TikTok Shopに参加するタイの店舗やブランドの売上は前年比8倍という爆発的成長を記録。2024年のTikTok Shop Thailand Co., Ltd.の公式収益は120億バーツを超えた。
1兆バーツを突破したタイのEコマース市場において、消費者利用率でShopee(75%)、Lazada(67%)に次ぐ3位(51%)に位置するが、その成長速度から専門家は「1~2年で最も支配的なプラットフォームになる可能性がある」と予測している。タイのEコマース市場については「タイEコマース三つ巴の激戦 ~Shopee・Lazada・TikTok Shopが変える1兆バーツ市場~」で詳しく分析している。
TikTok Shopの成功を支えるのは「ショップエンターテインメント」という新しい消費体験だ。面白い動画を見ているうちに自然と商品に興味を持ち、アプリを離れることなく購入を完了できる。この摩擦のない体験が従来の目的志向型オンラインショッピングとは一線を画す新たな需要を掘り起こしている。
特に注目すべきは、TikTok ShopのGMV(流通取引総額)の70%が、タイのローカルクリエイターによって制作されたコンテンツ経由で生まれていることだ。クリエイターが視聴者との信頼関係を基盤に商品を紹介し、売上がクリエイターとプラットフォームに還元される好循環が、エコシステム全体の成長を駆動している。
88億ドル投資で戦略的ハブ化
TikTokはタイへの長期的コミットメントとして、今後5年間で最大88億米ドル(約3,000億バーツ)という巨額投資を約束した。主な使途はデータセンターやクラウドインフラの整備で、タイを急成長する東南アジア地域全体の戦略的ハブとして位置づけている。
この国家レベルの投資は、タイのデジタル経済全体の底上げ、新たな雇用創出、AI・クラウドコンピューティング関連産業の成長に大きく貢献することが期待される。タイ政府も首相自らがTikTok幹部と会談し、官民連携でデジタルな未来を共創する姿勢を示している。
負の側面への対応が課題
一方で、TikTokの急速な普及は多くの社会的課題も浮き彫りにしている。長時間利用による依存症リスク、偽情報の拡散、サイバーブリー(ネットいじめ)の問題が専門家から懸念されている。
経済面でも「プラットフォーム封建主義」とも呼べる構造的課題が存在する。多くの小規模事業者がTikTok Shopへの依存度を高める中、プラットフォームが一方的に手数料率や配送サービスを指定し、参加者が従属的立場に置かれるリスクがある。売上は上がったものの手数料も引き上げられ、広告費を支払わなければ商品が顧客の目に触れないといった課題が報告されている。
BKK IT Newsの見解
タイのTikTok現象は一過性のブームではない。モバイルファースト文化、「サヌック」を重視する国民性、パンデミックによる生活様式の変化が重なった必然的結果だ。
企業にとって、TikTokはもはや無視できない重要なマーケティングチャネルとなっている。成功の鍵は、一方的な製品宣伝ではなく、エンターテインメント性と参加性を重視したコンテンツ創造にある。ローカルクリエイターとの「共創」パートナーシップを築き、オーセンティックなブランドストーリーを伝えることが不可欠だ。
今後の予想
TikTokの影響力は今後さらに深化・拡大していくだろう。コマース機能は単なるEコマースツールからタイのソーシャルコマースを支える不可欠なインフラへ進化し、文化面では若者文化の発信源から主流カルチャーエンジンとしての地位を固める。
政治面では次期選挙以降も、特に若者層へのリーチと世論形成において全政党にとって無視できないツールであり続ける。これに伴い、プラットフォームの政治的中立性確保、外国からの情報操作リスク、選挙運動の公正なルール作りが重要な社会・政治的議論の焦点となる。
企業への提言
タイ市場で成功を目指す企業は、TikTokとの向き合い方を根本的に見直すべきだ。タイ文化の「サヌック」精神を理解し、エンターテインメント性とユーモアを重視したコンテンツ創造が成功の条件となる。
クリエイターエコノミーとの共創パートナーシップを築き、一方的な広告ではなく視聴者が「楽しい」「参加したい」と感じる体験を提供することが重要だ。TikTok Shopも単なる販売チャネルではなく、ブランドとファンの間の強固なコミュニティを形成する場として戦略的に活用すべきである。
タイのTikTok現象は、デジタルプラットフォームが単なるツールを超え、社会インフラとして機能する新時代の到来を示している。企業、政府、そして社会全体が、この新しい現実といかに向き合っていくかが問われている。
参考記事リンク
- Thai users top Asia and rank 2nd globally for TikTok use, says We Are Social – The Nation Thailand
- We Are Social Report Reveals Southeast Asia Is TikTok’s Largest Advertising Audience Globally – LBBOnline
- Thai e-commerce hits 1 trillion baht milestone amid TikTok shopping surge – The Nation Thailand
- TikTok Boosts Thailand Investment to $8.8 Billion – AInvest
- 2025 Social Media Statistics for Thailand – Meltwater