タイ政府が推進するEV普及策「EV 3.5」プログラムが本格的な成果を示している。政府は10万台のEV普及目標に向けて120億バーツの補助金を支出し、2030年までに総自動車生産の30%をゼロエミッション車にする「30@30」ビジョンの実現に向けて大きく前進している。この積極的な政策により、2025年6月時点で1,377億バーツを超える投資を呼び込み、タイはASEAN最大のEV生産・輸出拠点としての地位確立に向けて歩みを進めている。
「EV 3.0」から「EV 3.5」への戦略転換
タイのEV政策は、明確な戦略的進化を遂げている。2022年から2023年に実施された「EV 3.0」は最大15万バーツという手厚い補助金で市場を創出することが主目的であった。一方、現在の「EV 3.5」(2024-2027年)は補助金を段階的に削減しつつ、自動車メーカーに厳格な国内生産義務を課すことで産業化を推進している。
EV 3.5では乗用車への補助金を最大10万バーツに設定し、バッテリー容量に応じて支給額を決定している。バッテリー容量50kWh以上の車両には2024年が10万バーツ、2025年が7.5万バーツ、2026-2027年が5万バーツが支給される。重要な変化は国内生産義務の強化で、輸入1台に対して国内生産2台(2026年開始)から3台(2027年開始)という厳しい比率を設定している。
この政策転換により、タイは単なるEV消費市場から「アジアのデトロイト」としての生産拠点への転換を図っている。手厚い補助金で市場を立ち上げ、次に厳格な生産義務でメーカーの投資を促すという巧みな二段階戦略が功を奏している。
中国メーカーの圧倒的攻勢
EV 3.5政策の最大の恩恵を受けているのは中国系自動車メーカーである。2025年7月のBEV登録台数が前年同月比76.9%急増する中、中国系ブランドが市場の91.3%を支配し、BYDが首位に躍進している状況が鮮明になっている。
中国メーカーの成功要因は、政府補助金を活用した競争力のある価格設定と、機能豊富でデザイン性の高い車両の投入にある。特にBYDは積極的な現地生産投資により、タイ市場での地位を確固たるものにしている。
一方で、長年タイ市場を支配してきた日系メーカーは厳しい立場に置かれている。トヨタやいすゞなどは、これまでの内燃機関車での優位性を活かしきれず、急速に進む電動化の波に対応を急いでいる。現在はハイブリッド車やプラグインハイブリッド車の国内生産に投資しつつ、将来的なBEVへの本格参入を模索している状況である。
投資誘致の成功と産業エコシステム構築
タイ投資委員会(BOI)の積極的な投資誘致が大きな成果を上げている。2025年6月時点で、EV関連サプライチェーンへの累計投資額は169件のプロジェクトで1,377億バーツに達した。
投資分野別では、バッテリー生産が800億バーツを超える最大セグメントとなり、53件のプロジェクトが承認されている。車両組立には411億バーツ、年間生産能力38万6,000台の投資が集まっている。また、充電インフラには56億バーツが投資され、2万基以上の充電器設置が進んでいる。
BOIは単なる車両組立にとどまらず、バッテリーセル生産、主要部品製造、研究開発まで包括的なインセンティブを提供している。特に高付加価値なバッテリーセル製造には現金補助金まで支給し、サプライチェーン全体の国内定着を強力に促進している。
政府は更なる産業保護策として、EV物品税を現地部品調達率に連動させる新制度の検討も進めており、中国製完成車輸入への依存から脱却し、国内サプライチェーン保護を狙う政策転換が加速している。
市場の二極化と輸出戦略への転換
2025年のタイ自動車市場は興味深い二極化現象を示している。BEV登録89%増の急成長と1トンピックアップ20%減の深刻な不振が同時進行し、市場全体は家計債務問題により縮小傾向にある中、EVセグメントは52.4%という驚異的な成長を記録している。新車乗用車登録に占めるEVシェアは15%という重要な節目に達した。
この状況を受け、政府は2025年7月に重要な政策修正を実施した。輸出されたEV 1台を国内生産1.5台分としてカウントする新ルールにより、メーカーの投資リスクを軽減し、タイを輸出拠点として活用する道を開いた。この変更により、2026年には輸出台数が5万2,000台まで増加すると予測されている。
ASEAN EVハブ競争の行方
ASEANにおけるEVハブの座を巡り、タイとインドネシアの競争が激化している。タイは成熟した自動車組立基盤と強力な政府コミットメントが強みである。一方、インドネシアは世界最大のニッケル埋蔵量を背景にバッテリー生産での優位性を持つ。
今後はタイが「ASEANの組立・ハイテク部品ハブ」、インドネシアが「ASEANのバッテリーハブ」として相互補完的な分業体制が形成される見込みだ。タイの課題は、単なる低付加価値の組立拠点に終わることなく、可能な限り高付加価値な工程を国内に取り込むことである。
今後の展望と企業への影響
BKK IT Newsは、タイのEV戦略が成功する確率は非常に高いと評価している。政府の強力なリーダーシップ、柔軟な政策運営、そして巧みに設計された二段階戦略により、タイはASEANの主要なEV生産・輸出拠点となる基盤を築いている。
企業にとって重要な選択肢は以下の通りである。第一に、中国メーカーとの提携や技術導入による電動化の加速。第二に、既存の内燃機関技術を活かしたハイブリッド戦略での市場参入。第三に、バッテリーや電子部品といった高付加価値分野への参入。
労働力の移行や地政学的リスクといった課題は残るものの、タイのEV戦略は発展途上国における産業転換の成功例として注目されている。企業は政府政策の方向性を正確に把握し、この歴史的な産業転換において適切なポジショニングを図ることが求められている。
参考記事リンク
- Thailand approves budget for EV subsidy, offering buyers up to $3000 per vehicle
- Chinese automakers sign Electric Vehicles subsidy pact with Thailand
- Government spends 12bn baht to subsidise 100,000 EVs
- Thailand EV Board Adjusts EV3, EV3.5 Terms to Promote Exports as Investment in EV Supply Chain Tops 137 Billion Baht
- Thailand adjusts EV policy to boost exports