「脱中国依存」タイが仕掛けるEV税制革命 ~現地調達率で税率決定、自動車産業の勢力図変化必至~

「脱中国依存」タイが仕掛けるEV税制革命 ~現地調達率で税率決定、自動車産業の勢力図変化必至~ タイ政治・経済
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タイ財務省が検討している電気自動車(EV)物品税の抜本的な見直しが、タイの自動車産業に大きな変革をもたらす可能性が高まっている。現地部品調達率(ローカルコンテンツ率)に応じて税率を決定する新制度により、中国からの完成車輸入に依存したこれまでの構図が根本から変わることになる。90万人の雇用を支える国内サプライチェーンを守る一方で、EV普及のペースに影響を与える可能性もあり、企業の戦略見直しが急務となっている。

ACFTA関税ゼロの死角が露呈

約20年前に締結されたASEAN中国自由貿易協定(ACFTA)により、中国からのEV輸入関税は0%に設定されている。当時、タイ当局者は電気自動車をゴルフカート程度と認識していたが、この歴史的誤算が現在の競争不均衡の直接原因となった。

2022年に開始された「EV 3.0」政策は手厚い消費者補助金を提供し、これがACFTAの0%関税と組み合わさることで、BYDや長城汽車(Great Wall Motor)など中国ブランドが非常に手頃な価格で完成車(CBU)を大量投入する完璧な状況を生んだ。現在、中国ブランドはタイのEV市場で70%以上のシェアを握る支配的地位を築いている。

一方、他国の自動車メーカーは40%から80%の関税に直面しており、著しい競争上の不利益を強いられている状況が続いている。

政策転換の背景にある産業保護の論理

財務省とBOIが協力して進めているこの税制改革の中核は、EVの物品税率を現地調達部品の割合に直接連動させることだ。高いローカルコンテンツ率を達成した車両はより低い税率の恩恵を受ける一方、ローカルコンテンツ率が低い輸入車はより高い税率に直面する。

パオプーム・ロジャナサクン財務副大臣は「税制上のインセンティブにより、自動車セクターが国内製造部品の使用を増やすことを望んでいる」と述べ、政府の明確な意図を表明した。さらに、タクシン・チナワット元首相もこの政策を公に支持し、FTAが国内の自動車エコシステムに損害を与えているとして、ローカルコンテンツ率の低い輸入EVには高い物品税を課すべきと提言している。

この政策の最初の適用対象として、タイが世界的生産拠点である電動ピックアップトラックが注目されている。乗用EV市場はすでに中国製輸入品に占領されているが、電動ピックアップ市場はまだ黎明期にあり、国内生産基盤を確立する最後の機会と政府は位置づけている。

自動車メーカーの明暗分かれる対応

この税制改革により、各自動車メーカーの戦略的立場が鮮明に分かれることになる。

中国系メーカーにとって、これまでの安価なCBU輸入による支配の時代は終わりを告げる。現地化を加速させ、タイの部品サプライヤーとの関係構築に投資するか、高くなったコストを消費者に転嫁するかの選択を迫られる。非常に効率的だが硬直的な中国中心サプライチェーンの適応能力が試されることになる。

一方、トヨタ、ホンダ、マツダなどの既存メーカーにとって、この政策はタイの部品サプライチェーンとの深い統合を活かす絶好の機会となる。彼らは「最も現地化された」プレーヤーとして自らを位置づけることができる。しかし、長期的な競争に勝つためには、遅れているBEVプログラムを加速させる必要もある。

国内サプライチェーン強化の期待と課題

2,000社以上のメーカーで構成され約90万人の雇用を創出する国内自動車部品産業は、この政策の主要な受益者となる見込みだ。タイ工業連盟(FTI)やタイ自動車部品製造業者協会(TAPMA)は、EVサプライチェーンへの確実な参入機会として期待を表明している。

政策が成功すれば、国内サプライチェーン全体の強化、技術移転、付加価値向上、高スキル雇用の創出につながる可能性がある。これにより、自動車産業が次世代においても主要な経済牽引役としての役割を確保できる。

一方で、この政策は非関税障壁と見なされ、特に中国との貿易摩擦を引き起こすリスクもある。また、サプライチェーンの柔軟性を重視する自動車メーカーにとって、タイの投資先としての魅力が低下し、インドネシアやベトナムなどより自由な市場へ投資が流れる可能性も指摘されている。

消費者への影響と普及への懸念

最も直接的な影響は、現在ほとんどが中国からの輸入CBUモデルであるエントリーレベルのEV価格上昇である。これらの低コスト輸入品の利点が失われることで、短期的にはEV全体の価格が上昇し、手頃感が薄れる可能性が高い。

価格上昇は、政府の重要な成果であったタイの目覚ましいEV普及率を鈍化させる懸念がある。政府の国家戦略「30@30」は2030年までに自動車総生産の少なくとも30%をゼロエミッション車(ZEV)にすることを目指しているが、この新税制は目標達成を助けるのか妨げるのか議論が分かれている。

BKK IT Newsの見解と今後の展望

今回の政策転換は、タイ政府が産業主権を消費者厚生や短期的環境目標よりも優先するという根本的選択を表している。これは市場創出から産業保護・育成へ、消費者中心政策から生産者中心政策への歴史的転換である。

タイは1970年代に成功した現地調達義務(LCR)政策の論理を21世紀のEV市場に適用しようとしている。ただし、FTAの制約下で輸入関税を活用できない新しい環境では、物品税を輸入関税の代理として利用するという巧妙な手法を採用している。

この「アジアのデトロイト」の賭けが成功するかは、機敏な政策実行、世界の自動車メーカーの戦略的対応、国内企業の適応能力にかかっている。単なる電動化への移行ではなく、グローバル資本との関係そのものを根本的に再定義する歴史的転換点となる可能性が高い。

企業は今後数ヶ月で具体的な税制設計が明らかになることを注視し、サプライチェーン戦略の見直しを急ぐ必要がある。EV時代における新たな競争ルールに適応できるか否かが、今後の市場での生存を左右することになるだろう。

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