タイがBYD製EV輸出拠点に ~ラヨーン工場から欧州市場への初出荷で産業構造転換加速~

タイがBYD製EV輸出拠点に ~ラヨーン工場から欧州市場への初出荷で産業構造転換加速~ タイ政治・経済
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中国の自動車大手BYDが、タイのラヨーン工場で生産した電気自動車(EV)を8月下旬に欧州市場へ初輸出する。タイが新エネルギー車の製造・輸出拠点として地位を確立する重要な節目となる。タイ政府の「30@30」ビジョンによるEV産業振興策と中国企業の大規模投資が結実し、ASEAN自動車産業の構造転換が本格化している。

タイEV産業政策の経緯

タイ政府は2019年に「30@30」ビジョンを発表し、2030年までに国内自動車生産の30%をEVにする目標を設定した。この野心的な計画の背景には、従来の内燃機関車市場での日本勢優位を覆し、新エネルギー車分野での競争力確保という戦略的意図があった。

2021年から本格導入された「EV 3.5」政策では、BEV(バッテリー電気自動車)、PHEV(プラグインハイブリッド車)、HEV(ハイブリッド車)に対する段階的な税制優遇措置を実施。特にBEVには最大15万バーツの購入補助金を提供し、製造企業には8年間の法人税免税という破格の条件を提示した。

「タイ政府、EV10万台補助金支出で「30@30」ビジョン本格始動 ~市場創出から輸出拠点化へ、1,377億バーツ投資で中国メーカー攻勢~」でも詳しく報告したように、政府の強力な政策支援により中国系メーカーが市場の約70%を獲得する状況が生まれている。

BYDのタイ戦略と投資実績

BYDは2022年にタイ市場に本格参入し、ラヨーン県に年産15万台規模の製造工場を建設した。総投資額は約179億バーツ(約5億ドル)に達し、タイにおける中国系自動車メーカーの最大級投資案件となった。

同工場では「ATTO 3」「DOLPHIN」といった主力EV車種を生産しており、タイ国内市場向け販売で着実な成果を上げてきた。「2025年7月タイBEV登録台数前年同月比76.9%急増 ~中国勢9割独占で日系企業が迫られる戦略転換~」で報告した通り、BYDはタイのBEV市場で首位の地位を確立している。

BYDの戦略は単なる現地生産にとどまらず、タイを東南アジア全域への輸出拠点として位置づけている。今回の欧州輸出開始は、この戦略の重要な実現段階となる。

8月下旬の欧州初輸出の意義

BYDが発表した今回の欧州輸出は、タイ製EVの海外展開における歴史的な第一歩となる。輸出対象車種は主力セダン「ATTO 3」で、ドイツ、オランダ、フランスなど西欧主要市場への投入が予定されている。

この動きは複数の戦略的意味を持っている。第一に、タイ政府が掲げる「30@30」ビジョンの実現に向けた具体的成果の提示だ。国内市場育成から輸出産業化への転換により、政策目標の達成可能性が格段に高まった。

第二に、ASEAN域内の自動車産業地図の書き換えが本格化している点だ。従来はタイが日本車の製造拠点、インドネシアが内需市場という分業体制だったが、EVシフトにより中国系メーカーが新たな産業エコシステムを構築している。

第三に、グローバルサプライチェーンにおけるタイの戦略的価値向上がある。中国からの直接輸出に比べ、タイ製EVは関税面や地政学リスクの観点で欧州市場への参入障壁が低く、BYDにとって重要な迂回ルートとしての機能を果たしている。

日系企業への影響と競争環境の変化

BYDの欧州輸出開始は、タイに生産拠点を置く日系自動車メーカーに深刻な影響を与える可能性がある。トヨタ、ホンダ、日産といった日本勢は、これまでタイを東南アジア域内への輸出拠点として活用してきたが、EVシフトの遅れにより競争優位性が急速に低下している。

特に、ピックアップトラック市場での日本勢の苦戦が顕著だ。「タイ自動車市場の二極化が鮮明に ~BEV89%増の裏で続くピックアップ不振~」で指摘したように、1トンピックアップの販売は前年比20%減と深刻な落ち込みを見せており、約10万人の雇用リスクが懸念されている。

この状況に対し、日系企業は電動ピックアップトラックの開発・投入を急いでいるが、BYDをはじめとする中国勢の先行優位を覆すには相当な時間と投資が必要となる見込みだ。

今後の展望とタイ産業政策への影響

BYDの欧州輸出成功は、タイ政府の産業政策に大きな自信を与えることになる。「Thailand 4.0」戦略の中核を成すEV産業育成が具体的成果を示したことで、さらなる外資誘致と政策支援の拡大が予想される。

政府は2025年内にEV輸出量を年間10万台規模まで拡大する目標を設定しており、BYD以外の中国系メーカー(長城汽車(GWM)、上海汽車(MG)など)にも同様の輸出戦略展開を促している。これにより、タイは名実ともに東南アジアのEV製造ハブとしての地位を確立する見通しだ。

一方で、急速な産業構造転換は新たな課題も生み出している。従来の内燃機関車関連の部品メーカーや整備業者の事業転換、EVメンテナンス技術者の育成、充電インフラの全国展開など、包括的な産業エコシステムの再構築が急務となっている。

企業への提言

今回のBYDによる欧州輸出開始は、タイに事業展開する企業にとって重要な戦略見直しの機会となる。EV産業の急成長により、新たなビジネスチャンスが数多く生まれている一方で、従来型の自動車関連事業は根本的な転換を迫られている。

第一に、EV関連のサプライチェーンへの参入検討が重要だ。バッテリー、モーター、パワーエレクトロニクス、充電システムなど、高い技術力を要求される分野での事業機会が拡大している。

第二に、既存事業のEV対応準備を急ぐ必要がある。自動車部品メーカーは製品ポートフォリオの電動化対応、物流企業は重量や輸送条件の変化への対応、金融機関はEVローンやリース商品の開発などが求められる。

第三に、人材育成への投資拡大が不可欠だ。EV技術は従来の自動車技術と大きく異なるため、既存従業員の再教育と新分野専門人材の確保が競争力維持の鍵となる。

BKK IT Newsは、タイのEV産業発展が今後5年間で加速度的に進展し、ASEAN自動車産業の主導権が中国系企業に移行する可能性が高いと予測している。企業は迅速な戦略転換により、この大きな産業変革の波を成長機会として活用することが求められる。

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