タイのデジタルニュース消費動向が劇的な転換点を迎えている。2025年の調査データによると、TikTokをニュース目的で利用する割合が49%に達し、従来のソーシャルメディアプラットフォームを急速に追い抜いている。この変化は単なる消費習慣の変化を超え、企業の情報発信戦略や市場へのアプローチ方法に根本的な見直しを迫っている。
過去からの急激な変化
タイのニュース消費は長年にわたり政府による統制が強い伝統的なテレビや新聞が主流だった。しかし、2000年代のインターネット普及と携帯電話の浸透により、デジタルメディアへの移行が始まった。
2023年から2024年にかけて、既にTikTokの利用率は30%から39%へと9ポイント上昇していた。2025年にはさらに10ポイント増加し49%に達している。この急激な成長の背景には、タイの消費者がニュースを「読む」(32%)よりも「視聴する」(43%)ことを好む文化的傾向がある。
過去にBKK IT Newsでも報告した通り、タイのTikTok浸透度が世界2位に達している状況と今回のニュース消費動向は密接に関連している。インターネット人口の8割以上がTikTokを利用し、月38時間という長時間利用が定着したことで、ニュース消費の主要チャネルとしての地位を確立した。
TikTokが変えるニュース消費の現実
現在のタイにおけるデジタルニュース環境では、オンラインでニュースを閲覧する人々の割合が88%に達し、ほぼ飽和状態にある。問題は「どのプラットフォーム」でニュースが消費されているかという点だ。
TikTokの急成長により、従来のプラットフォームは利用率を減らしている。Facebookは64%から60%に、LINEは42%から35%に減少した。一方でYouTubeは56%から58%へと微増を維持している。
この変化の最大の特徴は、視聴者のロイヤリティが報道機関という「組織」から、個人の「ニュースクリエイター」やインフルエンサーへ移行していることだ。タイの著名ジャーナリストであるソラユット・スタッサナジンダー氏のような個人が、TikTok上で巨大なフォロワーを獲得し、伝統的メディアを上回る影響力を持つようになっている。
TikTokのアルゴリズムは「インタレストグラフ」に基づいており、ユーザーの興味・関心に応じてコンテンツを配信する。これにより、企業が発信する情報も、ブランド名や組織の信頼性よりも、コンテンツ自体の魅力やエンゲージメントが評価の中心となっている。
特に18~34歳の若年層では63%が主要なニュースソースとしてソーシャルメディアに依存している。彼らはプラットフォームごとに利用目的を使い分けており、エンターテイメントや話題のニュースはTikTokやYouTubeで、速報はXで、コミュニケーションはFacebookで行っている。
情報の信頼性と新たな課題
このプラットフォームシフトは深刻な課題も生み出している。TikTokの拡散速度と視覚的な性質により、誤情報や偽情報が急速に広まりやすい環境が生まれている。
タイ政府はAIで偽情報対策強化を進めており、3時間以内の検証システムを導入している。しかし、アルゴリズムによってパーソナライズされたフィードは「エコーチェンバー」現象を生み出し、異なる意見や視点から隔離される傾向を強めている。
企業にとって重要なのは、この新しい情報環境において、どのように信頼性の高い情報を発信し、適切なオーディエンスに届けるかという点だ。従来の広告やPR手法では、TikTokのアルゴリズムに最適化されたコンテンツに太刀打ちできない状況が生まれている。
今後の見通し
BKK IT Newsとしては、この変化がさらに加速する可能性が高いと考えている。若年層の完全なプラットフォーム移行と、上の世代への波及が続くことで、2026年にはTikTokの利用率が55%を超える可能性がある。
同時に、政府による規制強化も予想される。情報の健全性確保と表現の自由のバランスを取りながら、デジタルリテラシー向上への投資が重要になる。
企業が取るべき対応戦略
企業は以下の対応策を検討する必要がある。
まず、TikTokネイティブなコンテンツ戦略の構築が不可欠だ。縦型動画、音声付き、インタラクティブな特性に最適化されたコンテンツフォーマットの開発が求められる。
次に、個人のクリエイターとの連携強化が重要となる。信頼性のあるインフルエンサーとのパートナーシップにより、オーセンティックな情報発信が可能になる。
また、プラットフォーム横断的な情報発信戦略も必要だ。TikTokで注目を集め、自社ウェブサイトやアプリへ誘導する明確な導線設計が重要となる。
最後に、情報の透明性と正確性の確保が企業の信頼性維持に直結する。偽情報対策の強化とファクトチェック体制の構築により、長期的なブランド価値を保護する必要がある。
参考記事リンク
- Thailand | Reuters Institute for the Study of Journalism
- Thailand | Reuters Institute for the Study of Journalism
- From Likes to Lies: Disinformation in the Philippines and Thailand | FULCRUM
- Dhanaraj Kheokao: How TikTok is shaping the future of journalism in Thailand, Asia and beyond – NPDJ – Sciences Po
- Thailand Media Landscape 2025 [EN] | Opportunities and Challenges Ahead