タイ政府、AIで偽情報対策強化 ~ソーシャルメディア規制を厳格化、3時間以内検証システムで企業リスク拡大~

タイ政府、AIで偽情報対策強化 ~ソーシャルメディア規制を厳格化、3時間以内検証システムで企業リスク拡大~ タイ政治・経済
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2025年8月、タイのデジタル経済社会(DES)省がAI技術を活用した偽情報対策の大幅強化を発表した。カンボジアとの国境紛争で偽情報が拡散したことを受け、3時間以内の迅速な検証システムを導入し、ソーシャルメディア規制を厳格化する。この措置により企業の情報発信におけるコンプライアンスリスクが大幅に拡大している。

過去の経緯

タイの偽情報対策は2019年から「対フェイクニュースセンター(AFNC)」が主導してきた。従来は人手による監視が中心で、特定の通報に基づく事後対応が主流だった。

しかし、2025年7月のタイ・カンボジア国境紛争で状況が一変した。両国間で軍事衝突の写真を悪用した残虐行為の捏造、戦果誇張、国境検問所閉鎖の虚偽情報など深刻な偽情報が大量拡散された。タイ軍はカンボジアが「ドローンとフェイクニュース」を軍事活動に使用していると報告し、情報戦が現実の戦闘と並行展開された。

AIを活用した新システムの全貌

DES省は「国家対フェイクニュースセンター」を新設し、AI技術による自動検知・ブロックシステムを導入する。デジタル経済社会大臣プラサート・ジャンタルルアンソン氏が議長を務める同センターには、広報局、法務省、タイ国家警察、検事総長室、国家放送通信委員会が参画する。

新システムの技術的核心は、特定のキーワード、拡散パターン、アカウント行動特性を分析し、疑わしいコンテンツを自動フラグ付けすることだ。従来の人手監視から自動化された大規模監視への転換により、監視能力が飛躍的に向上する。

最も重要な変化は検証プロセスの迅速化だ。疑わしいニュースの検知から3時間以内に信憑性を確認し、必要に応じて削除する体制を構築する。この極端に短いタイムラインは、慎重な検討や異議申し立ての機会を制限する可能性がある。

違反者にはコンピューター犯罪法(CCA)に基づき最大5年の懲役と10万バーツの罰金が科される。同法は非親告罪のため、被害者の告訴がなくても国家が訴追可能で、企業にとって大きなリスクとなる。

ソーシャルメディア企業への影響拡大

政府はソーシャルメディア・プラットフォームに対し、事実確認のための人員増強と広告購入前の広告主身元確認を義務付ける。これによりプラットフォーム側は匿名での情報操作阻止と政府監視への協力を余儀なくされる。

Meta、Google等の主要プラットフォームは既にCCA第15条に基づくコンテンツ削除圧力に直面しており、AI検知ツール導入により事実上の国家代理人となるリスクを負う。ユーザーの異議申し立ては政府命令ではなく、プラットフォームの不透明なコンテンツモデレーション決定との対峙となり、説明責任を求める手段が大幅に制限される。

企業が直面するリスクの拡大

新システムにより企業の情報発信リスクが大幅に拡大する。「事実を歪曲する」「国家安全保障と信頼性に影響を与える」「公の秩序に影響する」コンテンツも「偽情報」に含まれるため、政府批判や主流と異なる見解も処罰対象となる可能性がある。

特に政府の汚職、軍事問題、政策批判といった敏感なテーマに関する情報発信は、AIによる自動フラグ付けのリスクがある。調査報道や批判的分析も「国家安全保障への脅威」として処理される危険性がある。

BKK IT Newsとしては、企業のデジタルマーケティングやSNS運用において、政治的・社会的テーマへの言及は極めて慎重に行う必要があると考える。特に国境問題、政府政策、社会情勢に関連する内容は、意図的でなくても「歪曲」や「国家安全保障への脅威」と判断される可能性がある。

企業が検討すべき対応策

情報発信前の事前審査体制強化が不可欠だ。政治的・社会的テーマを含む内容は複数人でのチェック体制を構築し、曖昧な表現や推測に基づく記述を避ける必要がある。

SNSアカウント管理の厳格化も重要だ。投稿内容の記録保存、承認プロセスの明確化、緊急時の対応手順策定を実施する。また、広告出稿時の身元確認義務化に備え、必要書類の事前準備を進めるべきだ。

法的リスク管理として、CCA違反の可能性がある投稿への迅速対応体制を整備し、必要に応じて法的専門家への相談体制を確立することが推奨される。従業員研修も強化し、個人アカウントでの発信リスクについても周知徹底が必要だ。

この新システムは、タイのデジタル空間における表現の自由とプライバシー権に大きな影響を与える可能性がある。企業は慎重な情報発信戦略の見直しと、法的コンプライアンス体制の強化が急務となっている。

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