BYDがマレーシアに新たなEV工場建設を発表 ~ASEANの自動車ハブ競争が激化、タイ企業への影響と対応戦略

BYDがマレーシアに新たなEV工場建設を発表 ~ASEANの自動車ハブ競争が激化、タイ企業への影響と対応戦略 タイ政治・経済
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中国の電気自動車(EV)大手BYDが2025年8月22日、マレーシアに新たな生産拠点を建設することを正式発表した。この動きは、東南アジア諸国連合(ASEAN)域内でのEV覇権を巡る競争が新段階に入ったことを示している。これまでタイが独走していたEVハブの地位に、マレーシアが本格的に挑戦する構図となった。

マレーシア進出の背景と戦略的判断

BYDのマレーシア投資は偶然の産物ではない。同社は中国国内市場の飽和と激しい価格競争に直面している。2024年に中国の新エネルギー車(NEV)市場で36%のシェアを獲得したものの、2025年第2四半期には在庫水準が1,544億人民元まで膨れ上がった。こうした中国市場の厳しい現実が、BYDにグローバル展開を急がせる要因となっている。

同社は将来的に生産台数の50%を輸出するという野心的な目標を掲げている。ASEAN地域は2030年まで年平均成長率(CAGR)20%での成長が見込まれており、BYDにとって極めて重要な成長エンジンと位置づけられている。

現在、BYDはASEAN各国で戦略的な生産ネットワークを構築中だ。タイでは2024年7月から年間15万台の生産能力を持つ工場が稼働開始。インドネシアでは2026年1月に年間15万台の工場が開設予定。さらにカンボジアでも年間1万台の小規模工場を展開している。

マレーシア政府の巧妙な産業政策

BYDの投資決定を促した最も重要な要因は、マレーシア政府の計算された産業政策だ。同国は二つの重要な期限を設定している。

完成車(CBU)輸入に対する輸入関税・物品税の免税措置が2025年12月31日に終了する一方、国内組立(CKD)車に対する物品税・売上税の免税措置は2027年12月31日まで延長される。この「政策の崖」により、2025年以降も価格競争力を維持したいメーカーには現地生産への移行が不可避となった。

BYDが生産開始時期を2026年に設定したのは、CBUの優遇措置失効とほぼ同時にCKDの優遇措置を享受するための完璧なタイミングと言える。

さらに注目すべきは、工場建設地にオートモーティブ・ハイテク・バレー(AHTV)を選んだ点だ。この地域は総面積4,000エーカーに及ぶ国家プロジェクトで、自動車用マイクロチップやバッテリーといった重要部品の生産を重点分野としている。マレーシアは単なる組立工場の誘致ではなく、世界的に強みを持つ半導体産業の基盤を活用した高付加価値戦略を明確に打ち出している。

タイが迫られる戦略的選択

マレーシアの台頭は、タイの自動車産業に複雑な影響を与える。これまで「アジアのデトロイト」として確固たる地位を築いてきたタイだが、もはや過去の栄光に安住することはできない。

タイのEV 3.5政策は「補助金と引き換えの生産義務」モデルを採用している。輸入1台に対し、国内で2台または3台の生産を義務付ける強力な政策だが、マレーシアのより直接的なアプローチと比較されることになる。

最近、タイ政府は輸出促進のために「輸出1台を国内生産1.5台分としてカウントする」修正を加えた。これはマレーシアとの競争を意識した政策調整の表れといえる。

タイ政府、EV10万台補助金支出で「30@30」ビジョン本格始動では、タイのEV推進政策の詳細を解説している。また、2025年7月タイBEV登録台数前年同月比76.9%急増では、中国勢の市場支配が進む実態を報告した。

企業が取るべき対応戦略

BKK IT Newsの見解として、この地域競争は最終的にASEAN全体の消費者と経済にとって利益をもたらすと考えている。投資の活発化、企業間競争の激化、そして国境を越えた協調の進展により、東南アジア全域の電動モビリティ移行が加速するからだ。

タイの日系企業は、この新しい競争環境に適応する戦略的対応が求められる。選択肢として以下のアプローチが考えられる。

サプライチェーンの多様化により、タイとマレーシア両国でのサプライヤー開拓を検討する。両国の工場に異なる役割を与える分業体制の構築も有効だろう。マレーシアのハイテク・エコシステムを活用した高度技術部品の調達ルート確保も重要な選択肢となる。

人材戦略の見直しも急務だ。EV生産に必要なバッテリー技術からソフトウェア開発まで、新しいスキルセットを持つ労働力の育成投資を加速させる必要がある。

新時代のASEAN産業地図

BYDのマレーシア進出は、ASEAN自動車産業の構造変革を象徴する出来事だ。単一ハブ依存からマルチハブ・エコシステムへの移行により、地政学的リスクの分散とサプライチェーンの強靭性向上が期待される。

タイは確立された輸出ハブとして、マレーシアはハイテク部品とR&Dの拠点として、それぞれが独自の役割を担う地域分業体制が形成されつつある。この変化を機会と捉え、適切な戦略で対応する企業こそが、次の成長局面で勝者となるだろう。

マレーシアの挑戦は、タイ企業にとって脅威であると同時に、自己変革を促す強力な触媒でもある。この競争により、ASEAN全体がより統合され強靭なEVエコシステムを構築し、世界市場での競争力を高めることが期待される。

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