タイがPCB生産ハブに浮上~中台系60社進出で2,000億バーツ投資

タイがPCB生産ハブに浮上~中台系60社進出で2,000億バーツ投資 タイ政治・経済
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タイがプリント基板(PCB)製造の新たな世界的拠点として急速に台頭している。過去3年間で中国・台湾系約60社が相次いで工場建設を発表し、累計投資額は2,000億バーツを超える規模に達した。地政学的リスク回避とAI需要急増が重なった結果、タイの世界PCB市場シェアは現在の4%から2027年までに20-25%へ急拡大する可能性が高い。

投資ラッシュの実態

タイ投資委員会(BOI)によると、2022年から2024年にかけてPCBおよび関連プロジェクトの認可件数は130件を超えた。2024年単年だけでも認可投資額は1,000億バーツを突破している。この投資の波により、タイはASEAN最大のPCB生産拠点としての地位を確立した。

投資は主にバンコク東部・北部の工業団地に集中している。プラチンブリ県のサハ・グループ工業団地、アユタヤ県のロジャナ工業団地、チョンブリ県、サムットプラカーン県が主要な進出先だ。これらの地域は東部経済回廊(EEC)内に位置し、既存の製造業集積と国際物流インフラを活用できる利点がある。

特に注目すべきは臻鼎科技(Zhen Ding Tech)の大規模投資だ。台湾最大のPCBメーカーである同社は、プラチンブリ県に第1期100億バーツ、2030年までに総額500億バーツ超の投資を計画している。2025年5月から試験生産を開始予定で、AIサーバー向け高付加価値製品に特化する方針だ。

投資急増の背景要因

この投資ブームの背景には3つの重要な要因がある。

第一に地政学的なリスク分散戦略だ。米中貿易摩擦により、中国製PCBには最大25%の追加関税が課せられている。さらに台湾海峡の軍事的緊張も高まり、企業は「チャイナ・プラスワン」戦略を加速させている。タイは地政学的に中立で安定した投資先として評価されている。

第二にAIと電気自動車(EV)需要の急拡大だ。AIサーバーは20層から90層にも及ぶ高多層基板を必要とし、従来のPCBとは次元の異なる技術的要求がある。タイに新設される工場の多くは、まさにこれらの高付加価値製品の生産に特化して設計されている。

第三にタイの産業基盤の優位性だ。タイはかつて世界最大級のハードディスクドライブ(HDD)生産国だった。この産業の遺産として、クリーンルーム設備、精密製造の品質管理、熟練労働力、確立された物流ネットワークが残されている。PCB製造はHDDと類似の産業エコシステムを必要とするため、タイは他国と比べて圧倒的に有利な立場にある。

政府の積極的支援

タイ政府はこのトレンドを単に受益するだけでなく、積極的に推進している。BOIは高付加価値産業向けに包括的な優遇措置パッケージを提供している。法人所得税の8-13年間免除、機械設備や原材料の輸入関税免除、外資100%企業の土地所有権許可などが主要な内容だ。

特に重要な政策変更として、投資優遇の対象をPCB最終製造だけでなく、サプライチェーン全体に拡大したことがある。銅張積層板やプリプレグといった原材料メーカー、ラミネーションや穴あけといった工程を担うサービス事業者も優遇措置の対象となった。この戦略により、タイ国内で自己完結的な産業エコシステムを構築することを目指している。

この投資戦略の成果は、8月に開催されたTHECA 2025がタイを電子大国に押し上げる ~投資ラッシュの成果を世界に発信でも確認されており、タイがアジアの電子エコシステム・ハブとしての地位を確立する決定的な転換点を迎えている。

経済効果への期待

PCBブームはタイ経済に大きなプラス効果をもたらすと予測される。タイにおけるPCB生産額は2024年の35億米ドルから2030年には56億2,000万米ドルに成長し、年平均成長率7.6%を達成する見込みだ。

地域レベルでも大きな変化が期待される。例えばコンペック社の新工場は1,500人以上を雇用し、Zhen Ding Tech社は1,000人超の技術者雇用を創出する計画だ。これにより地域経済が活性化し、住宅、小売業、サービス業への需要増加も見込まれる。

深刻な人材不足問題

一方で、最も深刻な課題は熟練労働者の決定的な不足だ。予測によれば、PCBセクターでは2027年までに8万人以上の熟練労働者が不足し、そのうち約3万2,000人は専門技術者が占める。

この人材不足は深刻な賃金上昇を引き起こしている。経験豊富な工場ラインマネージャーの月給は過去数年で倍増したとの報告もある。効率性を考慮した場合、タイの労働コストはすでに中国の約3倍と推定されており、コスト競争力の優位性を脅かしている。

企業や業界団体は対応策として、タイの主要大学と連携した専門トレーニングプログラムの構築を進めている。タイ政府も2027年までにAIおよびエレクトロニクス分野で5万人の労働者スキルアップを目標に掲げている。

競合国との厳しい競争

タイはベトナムやマレーシアといった地域ライバル国との激しい競争に直面している。ベトナムはより低い労働コストと強力な政府優遇措置を武器とし、マレーシアはより成熟した半導体・エレクトロニクス産業基盤を持つ。

この競争環境でタイが優位性を維持するためには、インセンティブ、インフラ、人材育成の全ての面で継続的な改善が不可欠だ。

今後の展望

BKK IT Newsの見解では、タイのPCBハブ化は今後3-5年が成否を決する重要な期間になると予想される。投資誘致は順調に進んでいるが、真の成功は人材育成と国内サプライチェーンの構築にかかっている。

企業にとっては、この変化は大きな機会を提供する。製造業では新たなサプライヤー選択肢が生まれ、物流業界ではハイテク部品の輸出入需要が拡大する。一方で人材獲得競争の激化により、採用コストの上昇は避けられない。

政府の支援策と民間投資の組み合わせが功を奏すれば、タイは中国・台湾に次ぐ世界第三のPCB生産拠点としての地位を確立できる可能性がある。ただし、人材不足問題の解決が遅れれば、せっかくの投資機会を逃すリスクも存在する。

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