タイ経済に債務危機の警鐘 ~不良債権急増と与信収縮で企業経営に試練

タイ経済減速で債務危機が深刻化~不良債権比率3%迫る中、中小企業の資金繰り悪化が加速 タイ政治・経済
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タイ経済が深刻な債務危機に直面している。2025年に入り不良債権(NPL)比率は3%に迫る勢いで上昇し、2008年の世界金融危機以来初となる与信収縮が記録されている。GDP成長率は2%前後に減速し、家計債務がGDPの88.4%という異常水準に達する中、中小企業を中心とした債務不履行が急増している。この状況は1997年のアジア通貨危機とは性質が異なる「内部からの崩壊」として、長期的な経済低迷をもたらすリスクが高まっている。

景気減速のコンセンサス

タイ経済の減速は各機関の予測で一致している。世界銀行は2025年GDP成長率予測を2.9%から1.8%に大幅下方修正した。国家経済社会開発評議会(NESDC)も通年予測を1.8%~2.3%(中央値2.0%)に設定している。

カシコンリサーチセンターはより厳しく1.4%と予測し、年後半にはテクニカル・リセッションに陥るリスクがあると警告している。これらの予測は米国の関税政策による輸出不振、高水準の家計債務による消費低迷、期待外れの観光業回復が主な要因となっている。

特に注目すべきは、2025年上半期の約3%の成長率と年後半の悲観的見通しとの乖離だ。上半期の好調は米国関税導入前の輸出前倒しによる一時的な押し上げ効果であり、年後半の急激な景気悪化が懸念されている。

不良債権の急増と与信収縮

債務危機の兆候は金融システムに明確に現れている。全体のNPL比率は2025年第1四半期に2.90%に達し、年末には3.0%を超える見込みだ。さらに深刻なのは要注意先(SM)債権の急増で、これらは将来のNPL予備軍として大量に存在している。

特に憂慮すべきは「ゾンビローン」の出現だ。一度債務再編されたローンが再び債務不履行に陥るケースが増加しており、現在の債務救済措置が根本的な支払い能力問題を解決していないことを示している。

与信面では、2025年の融資成長率が前年比-0.6%のマイナス成長となり、2008年以来初の与信収縮を記録した。銀行は NPLの増加を受けて貸出基準を厳格化し、企業や家計も既存債務に苦しんでいるため新規借り入れを控えている。

中小企業の危機的状況

最も深刻な影響を受けているのは中小企業(SME)セクターだ。事業規模とNPL比率には明確な相関関係があり、零細企業のNPL比率は14.81%、マイクロ企業は12.11%、小規模企業は9.75%に達している。

中小企業は6~7四半期連続で融資削減に直面しており、銀行が高リスクと判断して与信を絞っている。地域の競合他社と比較してイノベーションやテクノロジーの活用が遅れているという構造的な問題も、状況をさらに悪化させている。

家計債務という構造的足枷

タイの家計債務問題は単なる景気循環的な問題ではなく、慢性的な構造問題だ。債務残高の対GDP比88.4%という高水準は、大規模なインフォーマルセクター、金融リテラシーの欠如、過剰消費文化といった社会経済的要因に根ざしている。

労働者の半数以上を占めるインフォーマルセクターは雇用の安定性や社会的保護を欠いており、経済ショックに対して極めて脆弱だ。これに贅沢品を消費する傾向や低い金融リテラシーが組み合わさり、過剰債務を生み出している。

政策対応の限界

タイ銀行は政策金利を1.50%まで引き下げたが、その効果は限定的だ。金利引き下げは「魔法の弾丸」ではなく、根深い構造問題や信用リスクを解決できない。利下げにもかかわらず与信が収縮している現実は、古典的な「紐を押す」状況を示している。

政府は「คุณสู้ เราช่วย(あなたが戦う、我々が助ける)」キャンペーンなどの債務救済プログラムを実施している。これらは社会の安定維持に重要だが、長期的なモラルハザードのリスクを伴う。債務再編されたローンの再デフォルトが既に発生していることは、理論上のリスクではなく現実の危険であることを示している。

1997年危機との相違点

現在の状況は1997年のアジア通貨危機とは本質的に異なる。当時は外部からの急激なショックによる金融システムの崩壊だったが、今回は債務による「内部からの崩壊」だ。

タイは現在、潤沢な外貨準備高(2625億米ドル)と変動相場制という強固な防衛線を持っている。しかし、今回の危機は圧倒的に国内のバーツ建て債務であり、主に家計とSMEセクターに集中している。金融システム自体は資本が厚く規制も強化されているが、実体経済が債務によって内側から蝕まれている。

企業への影響と対応策

この債務危機は企業活動に多方面で影響を与えている。消費者信頼感の低下により国内需要が減退し、小売業界では利益減少が報告されている。建設・不動産業界は住宅需要の低迷に苦しみ、自動車産業も国内販売の急減により生産台数の6%減少が予測されている。

BKK IT Newsとしては、企業は以下の対応策を検討すべきと考える。顧客やサプライチェーンパートナーに対する信用調査の厳格化、国内消費市場への過度な依存からの脱却、リスク分散のための事業多角化の推進が重要だ。

また、この危機が数年間続く可能性を前提とした長期戦略の策定も必要だ。効率性向上、コスト管理強化、輸出市場の多角化に合わせたビジネスモデルの変革が求められる。

今後の展望

最も可能性の高いシナリオは長期停滞だ。GDP成長率は1.5%~2.5%の低水準で推移し、NPLは高止まりが続く見込みだ。家計のデレバレッジは遅々として進む痛みを伴うプロセスとなり、消費に長年の重荷となる。

回復には国内の債務解決と構造改革という長く困難なプロセスが必要だ。SME再生への集中的支援、インフォーマル経済の正規化、競争力向上への投資といった抜本的な改革なしに、持続的な成長軌道への復帰は困難だろう。

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