2025年11月14日、Amazon Web ServicesとMicrosoftが、米国議会に提出された「GAIN AI Act」(国家AIのためのアクセスとイノベーションを保証する法案)を支持していることが明らかになりました。この法案は、NvidiaなどのAIチップメーカーに対し、米国内の需要を優先するよう義務付けるものです。自社の供給を確保したいクラウド大手と、グローバル市場を守りたいNvidiaの対立が鮮明になっています。
過去の対中輸出規制とその限界
米国は2022年10月以降、中国への先端AIチップの輸出を段階的に制限してきました。商務省産業安全保障局(BIS)は、Nvidia H100など高性能チップの対中輸出を規制しましたが、中国はこれらの規制を回避する複数の抜け穴を利用してきました。
最も深刻な抜け穴は、第三国経由のクラウドアクセスです。2025年11月、ウォール・ストリート・ジャーナルは、上海のAIスタートアップがインドネシアのデータセンターを経由してNvidiaの最新Blackwellチップにアクセスしている実態を報じました。このデータセンターには約1億ドル相当のGB200チップが2,300個設置されていました。
現行のBIS規制は、チップの「販売先」を規制しますが、データセンターの演算能力を「誰が利用するか」については規制が追いついていません。また、米国の禁輸リストに掲載された中国企業が、米国内に100%出資の子会社を設立し、その子会社を通じて合法的にチップを調達する事例も報告されています。
GAIN AI Actの核心メカニズム
GAIN AI Act(H.R. 5885)は、2025年10月31日に米国下院に提出されました。この法案の核心は、規制のロジックを根本的に変更した点にあります。
従来の規制は「中国に輸出しない」ことを前提としていましたが、GAIN AI Actは「米国内の需要が満たされているか」という基準を設けます。具体的には、米国内の顧客からの注文が未処理(バックログ)の状態で残っている場合、チップメーカーは海外への輸出ライセンスを取得できなくなります。
2025年現在、NvidiaのBlackwellチップは米国内のAmazonやMicrosoftからの注文だけで完売状態です。法案が施行されれば、海外への輸出が事実上停止されることになります。これは、既存の規制の抜け穴を根本から塞ぐ効果を持ちます。
法案の推進派は、これを国防授権法(NDAA)の修正条項として組み込むことを目指しています。NDAAは毎年必ず可決される法案であり、この戦略により迅速な成立が見込まれます。
Amazon、Microsoftの支持とNvidiaの反対
Microsoftは法案を公に支持しています。一方、AmazonのクラウドサービスAWSの幹部は、上院スタッフに対し非公式に支持を伝えました。両社にとって、この法案は深刻なチップ供給不足を法的に解決する手段となります。
AWSは2025年第2四半期時点で1,950億ドルという膨大な受注残を抱えています。チップ不足により、この需要に迅速に応えることができず、収益化の機会を逸しています。Microsoftも同様に、Azure AIサービスの拡大に伴うコンピューティング・リソースの確保が急務です。
一方、Nvidiaは法案に強く反対しています。同社は「米国は常に最大の市場であり、米国顧客を後回しにしたことはない」として、法案が「存在しない問題」を解決しようとしていると批判しています。Nvidiaにとって、中国市場は2024年度の売上の28%を占める重要な収益源でした。
トランプ政権の政策混乱が生んだ空白
GAIN AI Actが浮上した背景には、トランプ政権下でのAI輸出政策の混乱があります。2025年1月15日、バイデン前政権が導入した「AI拡散ルール」は、AIチップの輸出を国ごとに階層化する野心的な規制でした。しかし、産業界からの強い反発を受け、トランプ政権は発効2日前の5月13日にこれを撤回しました。
この撤回により、米国の先端AI技術に関する対外政策に巨大な空白が生まれました。議会と産業界の一部は、行政府の裁量に左右されない、より強固な法律による介入を追求する動機を持つことになりました。
なお、先月報じられた米国の対中半導体規制第3弾では、日本とオランダへの圧力強化も明らかになっており、米中技術戦争は同盟国をも巻き込む様相を呈しています。
米国同盟国への影響
GAIN AI Actは、米国の同盟国にも深刻な影響を与える可能性があります。法案は「米国人」への供給を最優先するため、日本や欧州の企業は、AmazonやMicrosoftといった米国企業の後回しにされることを法的に意味します。
2025年現在、世界のハイエンドAIコンピューティング能力の74%は米国に集中しており、EUはわずか4.8%に過ぎません。GAIN AI Actは、この格差をさらに拡大させる懸念があります。
戦略国際問題研究所(CSIS)は、このような一方的な国内優先政策は、米国の半導体メーカーのグローバルな競争力を損ない、同盟国との協力体制を阻害する「近視眼的」な政策であると批判しています。
中国の対抗策と長期的影響
米国の規制強化に対し、中国政府も決定的な対抗措置を講じました。2025年11月、政府資金によるデータセンタープロジェクトにおいて、Nvidia、AMD、Intelなど外国製AIチップの使用を遡及的に禁止するガイダンスを通達しました。
この政策により、Nvidiaがかつて90%以上を占めていた中国のAIチップ市場は、強制的に国内メーカーであるHuaweiに明け渡されることになります。Huaweiは「Ascend」AIアクセラレータの野心的なロードマップを発表し、2026年から2028年にかけて次世代チップを順次投入する計画です。
一度、中国国内のAIインフラがHuaweiのチップとそれに最適化されたソフトウェアで構築されてしまえば、将来的に米国の規制が緩和されたとしても、Nvidiaが再び中国市場に参入することは極めて困難になります。
企業が考慮すべき点
GAIN AI Actは、2025年末から2026年にかけて成立する可能性があります。成立した場合、世界のAIインフラは「アメリカ・ブロック」と「チャイナ・ブロック」に分断される流れが決定的になります。
タイを含む米国の同盟国の企業は、先端AIチップへのアクセスが米国の巨大テック企業の後回しにされるという新たな現実に直面します。クラウドサービスの選択、AIインフラへの投資、サプライチェーンの構築において、この地政学的リスクを考慮する必要があります。
選択肢としては、米国内のクラウドサービス(AWS、Azure)を活用する方法や、独自のAI開発への投資を検討する方法があります。ただし、いずれの選択にもコストとリスクが伴うため、自社のビジネスモデルと照らし合わせた慎重な判断が求められます。
参考記事
- Amazon joins Microsoft to support act that gives US buyers priority on Nvidia’s AI chips – Times of India
- Text – H.R.5885 – 119th Congress (2025-2026): GAIN AI Act of 2025 | Congress.gov
- The GAIN AI Act Will Undermine the Global Competitiveness of U.S. AI Chipmakers | CSIS
- WSJ: China Is Quietly Bypassing U.S. AI Chip Controls Through a Legal Three-Step Loophole Network
- China bans foreign AI chips from state-funded data centers – Tom’s Hardware


