OpenAIとAWS、380億ドルの戦略的提携 ~AIインフラ確保でMicrosoft独占に終止符~

OpenAIとAWS、380億ドルの戦略的提携 ~AIインフラ確保でMicrosoft独占に終止符~ クラウド
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OpenAIとAmazon Web Services(AWS)が2025年11月3日、総額380億ドル、期間7年間のAIインフラ契約を締結した。この契約は、OpenAIが長年依存してきたMicrosoft Azureからの脱却を象徴する歴史的な転換点となる。契約締結の1週間前、Microsoftは保持していた「第一拒否権」を放棄し、OpenAIのマルチクラウド戦略を認めた。この動きは、AI開発における計算能力の需要が単一のクラウドプロバイダーでは満たせないほど巨大化している現実を示している。

Microsoftの独占体制が終わる背景

今回の契約は、10月末のMicrosoftとの契約改定から1週間も経たないうちに発表された。Microsoftが保持していた「第一拒否権」とは、OpenAIが他のクラウドを使いたい場合、まずMicrosoftに提供可能性を確認し、不可能な場合のみ他社と契約できるという条項だ。

この権利放棄は、Microsoftの戦略的判断を示している。MicrosoftはOpenAIの非営利から営利法人への移行に伴い、約27%の株式を保有する筆頭株主となった。Azureの独占的売上より、OpenAI自体の企業価値を重視する戦略への転換だ。

背景には、AI需要の急増によるAzureの容量制約がある。Microsoft自身が2025年第3四半期だけで350億ドルの設備投資を行い、その半分近くをGPU調達に費やしている。さらに、オーストラリアのAIインフラ事業者IRENと97億ドルで契約し、外部からNVIDIAチップを確保している。これは、AzureだけではもはやOpenAIの全ての需要を満たせないという現実を示している。

契約の中身と技術的意味

契約の核心は、NVIDIA Blackwellプラットフォームの最新GPU「GB200」と「GB300」を数十万基規模で確保することにある。これらのGPUは、AWS独自の「EC2 UltraServer」と呼ばれるインフラ構成で提供される。

AWSのUltraServerは、最大72基のBlackwell GPUを第5世代NVIDIA NVLinkで高速相互接続し、単一のコンピュートユニットとして機能させる。これにより、1ノードで13.4TBの広帯域メモリと360ペタフロップスの演算性能を実現する。さらに、AWS独自の低遅延ネットワーク技術とNitro Systemという専用ハードウェアにより、仮想化のオーバーヘッドを最小化している。

注目すべきは、契約期間が7年間である一方、主要インフラ構築が2026年末までに完了する点だ。発表から14ヶ月という短期間に巨額の設備投資が集中する。これは、OpenAIが先行投資をAWSに実行させ、その費用を7年かけて分割払いする金融的な性格を持つ契約であることを示している。

エージェント型AI時代への布石

本契約で特筆すべきは、GPUだけでなく、数千万のCPUへスケールアップする能力も確保している点だ。

この大量のCPUの特定用途として、エージェント型AIワークロードのスケールが繰り返し強調されている。現在のAIモデルは質問応答と開発が主であり、GPUの行列演算能力に強く依存する。しかし、エージェント型AIは、自律的にタスクを計画し、コードを実行し、複数のツールやAPIと連携し、複雑な問題を解決する。

このプロセスは、ロジック、I/O、並列タスク管理などを大量に必要とし、GPUの行列演算よりもCPUの汎用並列処理能力を大量に消費する。OpenAIが数十万のGPU対比で数千万のCPUという桁違いのCPUリソースを確保しようとしているのは、将来的に1つの親エージェントが数千の子タスクを同時に実行するワークロードが爆発的に増加すると想定しているためだ。

この380億ドルの投資は、単なるChatGPTのインフラ増強ではない。AIが自律的にタスクを実行するエージェント経済の到来に備えた、根本的なインフラアーキテクチャの先行確保である。

OpenAIのマルチクラウド戦略の全体像

今回のAWS契約は、OpenAIが進める総額1.4兆ドル規模のマルチクラウド戦略の一部だ。主要な契約を見ると、Oracleとは2027年から5年間で3,000億ドル、Microsoftとは2,500億ドル(追加分)、CoreWeaveとは224億ドルの契約がある。Googleともインフラ利用契約を締結している。

この戦略は単なるリスク分散ではない。時間軸での供給パイプライン構築が目的だ。現在から2026年(短期・中期)はAWSとAzureで足元の計算能力不足に対応し、2027年以降(長期)はOracleの大規模インフラを活用する。

さらに、AWS(EC2 UltraServer)、Azure、Oracle(ベアメタル)という特性の異なるアーキテクチャを確保することで、将来のAGI開発にどのアーキテクチャが最適と判明しても対応できる。また、すべての主要クラウドと契約することで、各社を競わせ、最高の性能と最低のコストを引き出す交渉力を得ている。

各社への影響と市場の反応

AWSにとって、この契約は「AI後発」という評価を覆す好機となった。契約発表後、Amazonの株価は4~5%急騰し、時価総額が2日間で1,400億ドル増加した。AWSはすでにOpenAIの主要ライバルであるAnthropic(Claude)の筆頭インフラパートナーでもある。市場最大の顧客であるOpenAIも獲得したことで、AIエコシステムにおける中立的な地位を確立した。

先日発表されたAmazon 2025年Q3決算でAWSは20.2%成長を達成し、2022年以来の回復を見せていた。今回のOpenAI契約は、その勢いをさらに加速させるものとなる。

Microsoftにとっては、独占的クラウドプロバイダーの地位を失う一方、より大きなリターンを狙う戦略への移行となる。OpenAIの株式価値は約1,350億ドルに上り、OpenAIが成長すれば、その27%の株式価値も増大する。Azureの独占的売上より、OpenAI自体の成長による株式価値の増大を重視する戦略だ。

Microsoftは同時に、タイのCPグループやTrue Corporationとの戦略的提携など、アジア市場でのAIインフラ投資も積極的に進めている。OpenAIへの独占供給を諦める代わりに、グローバルなAIエコシステム全体での地位強化を図る戦略だ。

NVIDIAにとっては、AIインフラ戦争における「武器商人」としての地位を改めて証明した。AWS、Microsoft、Oracleという巨大な競合他社が、OpenAIという単一の顧客を奪い合うために、NVIDIAから最新GPUを先を競って購入している。クラウド間の競争が激化すればするほど、NVIDIAの売上は増加する構図だ。

AIバブルと循環投資の懸念

この天文学的な投資には、深刻な経済的懸念もある。OpenAIの年間収益は約130億ドルだが、1.4兆ドル(100倍以上)のインフラ投資コミットメントを抱えている。2025年上半期だけで135億ドルの純損失を計上したとも報じられている。

この構造は「循環的」だと強く懸念されている。MicrosoftやOracleがOpenAIに投資し、OpenAIはその資金でMicrosoft、Oracle、AWSにクラウド契約を発注する。各社の株価は巨額のAI関連売上で急騰し、OpenAIの株式価値も上昇する。この循環がドットコムバブル時代の「ベンダー・ファイナンシング」に似ているという指摘がある。

OpenAI CEOのSam Altman氏は、収益が急激に成長しており、この先行投資をAmazonのAWSへの初期投資になぞらえている。Microsoft CEOのSatya Nadella氏も、OpenAIはすべての事業計画を達成し、上回ってきたと擁護している。

BKK IT Newsの視点

今回の契約は、AI開発が「アイデアの競争」から「資本とインフラの総力戦」へ移行したことを示す象徴的な出来事だ。AGIの未来は、アルゴリズムの優劣ではなく、30ギガワットの電力を供給し、数兆ドルのインフラ投資を維持できる、ごく一握りのハイパースケール企業によって決定される。

OpenAIのマルチクラウド戦略は、高度に最適化されたサプライチェーン戦略だ。しかし、その根底にあるのは、収益を遥かに超えるコミットメントを循環的投資でファイナンスするという脆弱な財務構造だ。

この契約は、計算能力が石油や半導体と同様の地政学的リソースと化した現実を示している。AIの進化は、もはやインフラと巨額の資本を所有する者によって規定される。

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