米国政府が中国製ドローン・大型車に輸入規制計画~タイ企業のサプライチェーン見直しが急務に

米国政府が中国製ドローン・大型車に輸入規制計画~タイ企業のサプライチェーン見直しが急務に タイ国際外交・貿易
タイ国際外交・貿易

2025年9月、米国政府が中国製ドローンと大型車両に対する新たな輸入規制計画を発表した。国家安全保障を根拠とした今回の措置により、タイ企業は中国依存のサプライチェーンの見直しを迫られている。特にドローン活用が盛んな農業分野や物流業界への影響が懸念される。

過去から続く米中技術覇権争い

米中間の技術競争は2018年の貿易戦争から本格化した。2022年のバイデン政権による先端半導体輸出規制に続き、2025年にトランプ政権が復帰すると関税応酬が再び激化。今回の規制は従来の関税措置とは異なり、製品に組み込まれた情報通信技術(ICTS)そのものを標的とする「技術封じ込め」政策の一環だ。

米国商務省は2019年の大統領令13873号「情報通信技術・サービスサプライチェーンの保護」を根拠に、中国製品によるデータ漏洩や遠隔操作のリスクを指摘している。一方、中国側は「国家安全保障の概念を過度に拡大解釈した保護主義」と強く反発。DJI社などは米国市場でのシェア90%という実績を正当な競争の結果と主張している。

新たな輸入規制の対象と根拠

今回の規制対象は中国製ドローン(無人航空機システム)と中・大型車両(車両総重量4.5トン超)。これまでの軽量車両規制を拡大し、運輸・交通技術分野の安全保障確保を図る包括的なアプローチだ。

米国政府が問題視するのは以下の技術的脆弱性だ。車両やドローンに搭載されたセンサー、カメラ、ソフトウェアによる機密データ収集と中国政府への送信リスク。ネットワーク接続された機器の遠隔操作や機能停止による物理的安全保障への脅威。完成品だけでなく、地上管制局、ソフトウェア、基幹部品を含むサプライチェーン全体への懸念だ。

今回の政策の特徴は、製品の「頭脳」にあたるICTSを直接標的としている点にある。これにより世界貿易機関(WTO)のような従来の貿易紛争解決枠組みでの異議申し立てが困難になり、米国はより広範で強力な規制措置を正当化できる。

タイのドローン市場への深刻な影響

タイのドローン市場は急成長を続けている。2024年の1億9,281万米ドルから2033年には4億7,013万米ドルに達する見込みで、年平均成長率は10.41%に及ぶ。しかし、この成長の裏には深刻な構造的脆弱性が存在する。

タイで登録されているドローンの92%以上が輸入品で、2023年の総輸入額5,060万米ドルのうち94%にあたる4,750万米ドルが中国からの輸入だ。この圧倒的な中国依存は、米国の規制がタイ市場に与える影響を極めて深刻なものにする。

最も影響を受けるのは農業分野だ。米、サトウキビ、ドリアンなどの主要作物生産で、ドローンは精密農業に不可欠なツールとなっている。中国DJI社は2019年から2024年の間に農業用ドローン売上を50倍に伸ばし、1万人以上のタイ人オペレーターを育成してきた。

米国の規制はドローンの基幹部品も対象とするため、「部品の罠」とも言える問題が生じる。タイ国内でのドローン組立産業育成を目指す上で、基幹部品調達が困難になる可能性がある。代替供給者への移行は大幅なコスト増と性能低下を伴う可能性が高い。

自動車・物流産業の構造変化

タイの自動車産業でも深刻な影響が予想される。市場全体では日本ブランドが78%のシェアを占めているが、電気自動車(EV)セグメントでは中国ブランドが82%を掌握している。BYD一社だけで40%のシェアを持つなど、中国勢の存在感は圧倒的だ。

物流分野では、FOTONやSINOTRUKといった中国トラックメーカーがタイ市場で存在感を示している。すでに8,500台から10,000台の中国製トラックが登録されており、FOTONは中国国外初の製造工場をタイに開設している。

米国の政策はタイに二重の脅威をもたらす。まず、米国市場を失った中国メーカーが巨大な生産能力の捌け口としてタイ市場を最重要ターゲットとする貿易転換効果。これによりタイ国内で過剰な製品流入と熾烈な価格競争が発生する可能性がある。

次に、サプライチェーンの分岐現象だ。米国サプライチェーンに組み込まれているタイ企業は、コンプライアンスリスクを避けるため中国製システム搭載車両の使用を控える必要が生じる。一方で国内輸送では安価な中国製技術が使われ続け、事業者の運営が複雑化する。

今後の展望と企業戦略

BKK IT Newsの分析では、この地政学的変動はタイにリスクと機会を同時にもたらすと考えられる。短期的には中国製品の大量流入により国内生産者の競争力低下や対中貿易赤字悪化が懸念される。

しかし、長期的には「チャイナ・プラスワン」戦略の受け皿としてタイの重要性が増す可能性がある。企業が中国依存を減らす動きは、タイが付加価値の高い外国直接投資を誘致し、経済構造を高度化させる機会となる。

企業は以下の対応策を検討すべきだ。サプライチェーンの多様化を進め、特定国への過度な依存を避ける。国内調達率の向上やタイ資本の参画を通じて、地政学的リスクを軽減する。研究開発投資を拡大し、外国技術への依存から脱却する。

政府の投資優遇策を戦略的に活用し、米国が中国からのアクセスを制限している分野でのハイテク製造業誘致に注力する選択肢もある。

米中対立の激化により、タイ企業は困難な戦略的立場に追い込まれている。しかし、この危機を機会に変える企業戦略の見直しが、長期的な競争優位性確保の鍵となるだろう。

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