8月22日、米国政府とIntel社の間で歴史的な合意が成立した。米国政府がCHIPS法の資金89億ドルを株式に転換し、Intelの発行済株式の9.9%を取得することになった。これは単なる企業支援を超えた、米国の半導体主権戦略における重要な転換点となる。
CHIPS法資金の株式転換が意味するもの
今回の取引は、バイデン前政権下で承認されていたCHIPS法補助金57億ドルと、国防総省のSecure Enclaveプログラム32億ドルを株式に転換するものだ。新規の予算は使わず、既存の約束を「投資」へと再定義した点が特徴的である。
米国政府は1株20.47ドルで4億3330万株を取得する。これは合意発表前日の終値24.80ドルより約17.5%安い価格設定となっている。政府は取引成立時点で帳簿上約19億ドルの含み益を得る計算だ。
この価格設定により、政府は単なる支援者ではなく、企業の成功から直接的なリターンを得られる立場に移行した。トランプ政権は「納税者がメリットを受けるべき」という理念を強調している。
Intel経営陣が受け入れた背景
Intelがこの異例の条件を受け入れた背景には、深刻な経営不振がある。同社は2023年以降、累計220億ドルを超える損失を計上し、全従業員の25%に相当するリストラを進めている。
技術面でも劣勢が続く。AI半導体で市場を席巻するNVIDIAの時価総額4.3兆ドルに対し、Intelは約1080億ドルと40倍近い差がついている。ファウンドリ事業においても、TSMCやサムスン電子に後れを取る状況だ。
このような状況下で、アリゾナ州やオハイオ州での総額1000億ドル超の新工場建設には政府支援が不可欠だった。政府からの条件を拒否できる交渉力は事実上なかったといえる。
政府の「受動的株主」という建前
契約上、政府の株式保有は「パッシブ・オーナーシップ(受動的所有)」と規定されている。政府は取締役会に代表者を送る権利や経営への特別な情報アクセス権を持たない。
議決権についても厳格な制約があり、原則としてIntel取締役会の推奨に沿って投票することに合意している。しかし、政府が筆頭株主となることで、実質的にはIntelの経営戦略に強力な影響力を与える可能性がある。
特に注目すべきは5年間の新株予約権(ワラント)条項だ。Intelがファウンドリ事業の株式51%以上の支配権を失った場合、政府は追加で5%の株式を取得できる。これは事業売却を事実上封じ込める「毒薬条項」として機能する。
産業政策の歴史的転換点
今回の取引は、米国の産業政策における重要な転換を示している。従来の「補助金モデル」から「直接出資モデル」への移行により、政府が民間企業の主要株主となる前例を作った。
2008年のGM救済と比較すると、GMは破綻寸前での緊急救済だったのに対し、Intelは将来の地政学的リスクに備えた戦略的投資である点が異なる。政府の介入が「事後的危機対応」から「事前的戦略介入」へと変化している。
トランプ政権下では、Nvidia・AMDへの手数料徴収、USスチール買収への介入など、テクノロジー産業への直接介入が強まっている。自由市場の原則よりも国家の経済的・安全保障上の利益を優先する「経済国家主義」の台頭を象徴している。
今後の展望と企業への影響
Intelにとって89億ドルは財務安定性をもたらす一方、経営の自由度を制約する可能性がある。政府の意向が経営判断に影響を与えるリスクは常に存在し、「金色の鳥かご」となる懸念もある。
米国の半導体エコシステムでは、政府支援を受けたIntelが他社より優遇される不公平な競争環境が生まれる可能性がある。特に防衛関連契約では、AMDやNVIDIAとの競争条件に影響を与えるかもしれない。
国際的には、韓国のサムスン電子や台湾のTSMCなど、CHIPS法補助金を受ける外国企業に対しても同様の株式提供が要求される可能性がある。米国市場へのアクセスや補助金を得るための新たな「入場料」となるリスクがある。
企業が知るべき新たなリスク
BKK IT Newsとしては、この事例が他の戦略的産業にも拡大される可能性があると見ている。半導体以外の航空宇宙、バイオテクノロジー、クリーンエネルギーといった分野でも同様の直接出資モデルが適用されるかもしれない。
企業は政府支援を検討する際、短期的な財務メリットだけでなく、長期的な経営の自由度への影響を慎重に評価する必要がある。特に国家戦略上重要な産業に属する企業は、政府との関係構築において新たなリスクと機会を見極める判断が求められる。
政府の政策変更や政治的圧力が企業価値に直接的な影響を与える時代に入った。投資家は従来の財務分析に加え、政治的リスクと「暗黙の政府保証」という新たな評価軸を組み込んだ分析が必要になるだろう。
参考記事リンク
- Intel and Trump Administration Reach Historic Agreement to Accelerate American Technology and Manufacturing Leadership
- Trump says U.S. government taking a 10% stake in tech giant Intel – CBS News
- Intel stake deal: Donald Trump secures 10% US ownership; CEO Lip-Bu Tan pledges American tech leadership
- The US government is taking an $8.9 billion stake in Intel – Engadget
- Trump says Intel will give US government a 10% stake in its business | The Independent