米EU貿易協定が技術安全保障統一~西側ブロック形成で中国包囲

米EU貿易協定が技術安全保障統一~西側ブロック形成で中国包囲 タイ国際外交・貿易
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2025年8月、米国と欧州連合(EU)の間で画期的な貿易協定が締結された。この「相互的、公正かつ均衡の取れた貿易に関する合意の枠組み」は、単なる貿易取引を超え、対中技術封じ込め戦略を大幅に強化する地政学的な意味を持つ。EUが400億ドル相当の米国製AI半導体を購入し、米国の安全保障基準に歩調を合わせることで、統一された「西側技術ブロック」の形成が本格化する。

協定の核心:関税緩和と引き換えの戦略的連携

今回の協定の最も注目すべき点は、EU製品への関税上限15%設定と引き換えに、EUが米国の対中技術政策に完全に歩調を合わせることだ。当初トランプ政権が示唆した100%以上の懲罰的関税からは大幅な緩和となるが、これまでの基準からは大幅な引き上げとなる。

EUは自動車、医薬品、半導体といった戦略産業を15%関税で保護される代わりに、米国の工業製品への全関税撤廃と農産物・水産物への特恵的市場アクセスを提供する。さらに、EUは2028年までに7500億ドル相当の米国産エネルギーを購入し、欧州企業は米国の戦略的分野に6000億ドルを追加投資する。

過去の経緯:トランプ政権の「関税外交」戦略

この協定の背景には、トランプ政権の攻撃的な関税戦略がある。政権発足後、すべての貿易相手国に対する「相互関税」を武器に、EUを交渉テーブルに引きずり出した。半導体に約100%、医薬品に最大250%の関税を課すと公言し、EUに壊滅的な貿易戦争回避のため交渉を余儀なくさせた。

同時に、2025年1月にバイデン政権が導入した「AI拡散ルール」がEUの単一市場を分裂させた問題も交渉を加速させた。この規則はEU加盟国を階層化し、10カ国には米国AI技術への特恵的アクセスを与えた一方、17カ国をより制限的なカテゴリーに置いた。EUはこの分断的政策の撤回を最優先課題とし、結果的に統一されたアクセス経路を確保することに成功した。

400億ドル半導体取引の戦略的意味

協定の中核となる400億ドル相当の米国製AI半導体購入は、EUの重大な脆弱性を露呈している。EUは世界クラスの研究能力を有するが、AI野心を実現するために不可欠な最先端GPU(主にNvidia製)を国内生産できない。この合意により「安定的な供給」を確保する一方で、EUは米国への技術依存を深めることになる。

重要なのは、この半導体販売が条件付きである点だ。EUは「懸念される仕向け地」(中国を指す婉曲表現)への技術漏洩を回避するため、米国の基準に沿った技術安全保障要件を導入し維持しなければならない。米国当局は、先端半導体が欧州に渡れば「欧州に留まる」ことを保証する必要があると明言している。

中国の反発と対抗戦略

北京の反応は予想通り激しい。中国当局は「中国の利益を犠牲にして取引に達するいかなる当事者にも断固として反対する」と述べ、「断固として対抗措置をとる」と明言した。

統一された西側戦線に直面し、中国は設計から製造、装置、素材に至るまで国内半導体エコシステムへの投資加速以外に選択肢がない。中国SMICの7nm半導体製造達成など一定の進歩は見られるが、オランダASMLのリソグラフィ装置や広帯域メモリ(HBM)などで依然として外国技術に大きく依存している。

東アジア同盟国への波及効果

米EU協定は、東アジアの同盟国にも新たな基準を設定した。韓国は同様の条件確保のため交渉を急ぎ、半導体関税15%上限の「最恵国」待遇を求めている。日本は既に類似の協定を締結し、15%関税上限を受け入れて大規模投資を約束している。

台湾は最も複雑な課題に直面している。米国はTSMCの世界最先端半導体に依存する一方、生産の米国移転を強制するため台湾に高関税を課すと脅している。米EU協定は台湾に対し、米国主導の「非赤色」サプライチェーンへの完全同調を求める圧力を強めるだろう。

今後の予想:二極化する技術エコシステム

BKK IT Newsの見解では、今回の協定は真にグローバル化された半導体サプライチェーンの終焉を示している。未来は地域化された、より冗長で高コストなサプライチェーンによって特徴づけられるだろう。米国主導のブロック(米国、EU、日本、韓国、台湾)と中国主導のブロックという、2つの異なるエコシステムが出現する可能性が高い。

この分断はイノベーション競争を激化させる一方で、特定セグメントでの供給過剰や持続的なボトルネックを生み出すリスクもある。企業は地政学的ガードレールによって定義された新しい世界を航行しなければならない。

企業への提言

今回の協定が企業戦略に与える影響は計り知れない。まず、サプライチェーンの見直しが急務となる。地政学的リスクを軽減するための複数拠点戦略や、技術依存度の分散が重要な選択肢となるだろう。

投資戦略の観点では、米国主導の技術ブロックに参加する企業への投資機会が拡大する一方、中国市場へのアクセスリスクも高まる。技術パートナーシップにおいては、安全保障基準への準拠が市場参入の前提条件となるため、コンプライアンス体制の強化が不可欠だ。

長期的には、この協定が示す「技術と貿易の新パラダイム」への適応が競争力の源泉となる。国家安全保障と経済安全保障が自由貿易原則に優位する新時代において、企業は経済的繁栄と地政学的連携の複雑な結びつきを理解し、戦略的に対応していく必要がある。

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