トランプ大統領が2025年8月初旬、インドからの輸入品に50%という史上最高水準の関税を課すと発表した。ウクライナ紛争を背景としたインドのロシア産原油輸入を理由とした懲罰的な措置だ。この決定により米印関係は急速に悪化し、その影響はタイを含む東南アジア地域全体に波及している。
50%関税発動の背景と構造
今回の関税措置は、既存の25%に追加で25%を上乗せする二段階構造だ。追加分は「ロシア産原油の輸入が米国の国家安全保障への脅威」という理由で発動された。インドは年間38億ドルの原油割引購入により燃料コストを削減してきたが、この行動が米国の地政学的戦略と正面衝突した形になった。
インド外務省は「不公正、不当、かつ不合理」と強烈に反発した。西側諸国自身が液化天然ガスや肥料でロシアとの貿易を継続している事実を指摘し、「二重基準」と批判している。インドにとって年間870億ドルに上る対米輸出が危険にさらされる一方、ロシアとの関係強化は国内政治的にも譲れない一線となっている。
インド防衛協力への波及効果
関税発表直後、インドが米国からの大型防衛装備品購入を「一時停止」したとの報道が世界を駆け巡った。ストライカー装甲戦闘車、ジャベリン対戦車ミサイル、P8I哨戒機など総額36億ドル規模の調達計画が影響を受けるとされた。
インド国防省は報道を「虚偽」と否定したものの、ラージナート・シン国防相の訪米が「キャンセルではなく延期」と修正されたことが、インドの微妙な立ち位置を物語っている。この外交的シグナリングは、米国の圧力に対するインドの不快感を表明しつつ、完全な関係破綻は避けるという巧妙な戦術だった。
モディ首相の戦略的反応
注目すべきは、関税発表直後にモディ首相がプーチン大統領と電話会談を行ったことだ。両首脳は「特別で格別に戦略的なパートナーシップ」を再確認し、プーチン大統領の年内インド訪問について話し合った。この会談は米国の圧力に屈しないという明確なメッセージだった。
さらにモディ首相は、同じく米国の関税対象となったブラジルのルーラ大統領とも協議し、一方的な関税措置への対抗策を検討している。インドは二者択一を迫る米国の試みを拒否し、複数の大国との関係を同時追求する「マルチ・アライメント」戦略を鮮明にした。
タイとの対照的な対応
タイの経験と比較すると、インドの対応の特異性が浮き彫りになる。タイは2025年8月、米国の関税脅威に対し集中的な二国間交渉で対応した。当初36%の懲罰的関税の可能性に直面したタイは、米国製品への市場開放、液化天然ガスや航空機の購入拡大など大幅な譲歩案を提示。最終的に19%の関税で合意に達した。
一方、インドは譲歩を拒否し、むしろロシアとの関係を公然と強化することで対抗している。この対照的な反応は、両国の経済規模、地政学的立場、国内政治的制約の違いを反映している。
タイ製造業への深刻な影響
米印貿易摩擦の激化は、タイ製造業に予想以上の深刻な影響を与えている。米国の保護主義的な通商政策により、「チャイナ・プラスワン」の移転先候補国であるベトナム、タイ、インドに対する高関税の脅威が現実となった。皮肉にも、これらの国々での生産コストと不確実性が増大した結果、多くの企業にとって中国での生産が相対的に安定的でコスト効率の良い選択肢として再評価されている。
この動きはタイの長期的な成長戦略に重大な脅威となる。中国からの生産移管を受け皿として経済成長を目指すタイにとって、「チャイナ・プラスワン」の停滞は外国直接投資(FDI)の流入減少を意味し、将来の成長の柱が揺らぐことになる。
タイ政府も19%関税の代償として、自国市場を米国製品により広く開放することを余儀なくされた。宝飾品、ゴム手袋、ペットフード、家電製品といった国内産業は米国製品との直接競争激化に直面している。
新たな機会への転換
しかし、この危機は同時にタイとインドの関係深化の機会でもある。米国の保護主義的圧力という共通の課題に直面することで、両国は相互の経済連携を加速させる必要性を強く認識している。
両国は既に二国間貿易額を2027年までに350億ドルに拡大する目標を掲げている。陸・海・空の連結性向上により、インドの技術力とタイの東部経済回廊(EEC)に代表される産業基盤との融合が進められている。
タイが「ビッグ・ファット・インディアン・ウェディング」と称される富裕層のインド人観光客や投資の誘致に力を入れているのも、こうした多角化戦略の具体的な現れだ。
BKK IT Newsとしての見解
米国市場や中国市場への過度な依存から脱却し、戦略的ヘッジをかけるという意味で、インドとASEAN全体の連携強化は極めて合理的な選択だ。短期的な貿易摩擦の痛みは、長期的には新たな時代を生き抜くために不可欠な戦略的調整を促す触媒となる可能性がある。
企業への提言
この激動する地政学的環境において、タイ企業には以下の対応が求められる。
市場の多角化を進めること。米国市場への依存度を下げ、インドや他の新興市場への展開を検討する必要がある。サプライチェーンの柔軟性を高めること。単一地域への依存を避け、複数の生産拠点や調達先を確保することでリスクを分散する。
政府支援策の活用を検討すること。タイ投資委員会(BOI)が提供するSME税制優遇や現地調達インセンティブを積極的に利用する。地域連携の強化を図ること。ASEAN域内、特にインドとの関係構築に投資し、新たなビジネス機会を創出する。
米印の貿易摩擦は単なる二国間の問題ではない。これは新たな地政学的均衡を模索する時代における企業戦略の根本的見直しを迫るものだ。変化に適応できる企業だけが、この新しい世界で生き残り、繁栄することができるだろう。
参考記事リンク
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