タイの通信大手True Corporationが2025年8月1日、野心的なAI戦略を発表した。バンコク・ポスト・フォーラム2025で発表されたこの戦略は、合併完了後の新生Trueが従来の通信事業者から「テレコムテック企業」へと変貌を遂げるための包括的なロードマップとなっている。「すべてのタイ人のためのAI」を掲げ、タイ政府の国家AI戦略と歩調を合わせた戦略的な方向転換が注目を集めている。
dtac合併完了後の戦略的転換
Trueとdtacの合併は2023年に完了し、約5,100万人の顧客基盤を持つ巨大企業が誕生した。合併後の最大の課題は、単なる事業統合を超えた真のシナジー創出にある。今回発表されたAI戦略は、この課題に対する明確な回答となっている。
同社CEOのシグヴェ・ブレッケ氏は、AIを活用して顧客体験の統一を図っている。チャットボット、ボイスボット、エージェントアシスタントによる統一されたデジタルタッチポイントの実現を進めており、巨大な顧客基盤の維持と離反防止を図っている。
さらに、ネットワーク近代化プロジェクト「シングルグリッド」では、AIと機械学習を活用してエネルギー使用量を10-15%削減している。重複するインフラの整理により、合併による主要なコスト削減効果を実現している。
4つの柱で構成される包括戦略
ブレッケ氏が提示したAI戦略は、4つの主要な柱で構成されている。これらはタイ政府の「国家AI戦略(2022-2027年)」の枠組みと意図的に連携している。
第1の柱:インフラと技術では、タイの先進的な光ファイバー網と5G基盤を活用し、次世代技術変革に向けた継続的投資を行う。AIが生成する膨大なデータトラフィックに対応するため、ネットワークインフラの増強を推進する。
第2の柱:高品質なデータでは、データを「国家の資産」と位置づけ、各産業で効果的に活用できるよう整理・構造化を進める。タイ製造業組織の65%がデータ品質をAI導入の障壁と考える中、Trueはこの課題の解決策を提供する。
第3の柱:人材とリーダーシップでは、企業の従業員スキルアップと政府機関職員のAI基礎スキル習得を支援する。特に「中学校でのAI教育導入」を提言し、国家教育政策レベルでの取り組みを求めている。
第4の柱:政策とガバナンスでは、明確なAI戦略とスタートアップ支援エコシステムの構築を目指す。強力なガバナンス、透明性、倫理的慣行を通じて、AIシステムに対する国民の信頼確立を重視している。
AISとの競争激化
Trueの戦略発表により、主要競合相手であるAdvanced Info Service(AIS)との競争が一層激化している。両社のAI戦略には明確な違いが見られる。
TrueはIntelとのパートナーシップを通じ、ヘルスケアや農業分野で具体的なソリューション提供に重点を置く「ソリューション統合者」の役割を目指している。一方、AISは自社運営のハイパースケールクラウドで「プラットフォーム提供者」としての地位確立を図っている。
Opensignalの2025年6月レポートによると、AISはカバレッジ体験、通信品質の安定性、アップロード速度で優位に立つ。TrueMove Hはダウンロード速度でdtacと同等だが、他の分野でAISに後れを取っている。ミッションクリティカルなAIアプリケーション展開において、このネットワーク品質の差は重要な課題となる。
具体的なAI応用分野
Trueは複数の産業分野でAI活用を本格化している。ヘルスケア分野では、2024年9月にIntelとの提携で7つのスマートヘルスケアソリューションを開始した。X線・CTスキャンのAI診断支援、遠隔診療、デジタル・ペイシェント・ツインなどにより、医療アクセス改善と効率化を図っている。
農業分野では「True Farm」ブランドで精密農業ソリューションを展開している。IoT搭載の耳タグによる畜産管理、ドローンによる精密散布、スマート灌漑システムなどにより、生産性向上とコスト削減を実現している。
スマートシティ開発では、接続性、IoT、セキュリティプラットフォームを統合したソリューション提供を準備している。AI搭載CCTVカメラや位置情報データ分析による個人化サービスなど、都市インフラの知能化を推進する。
国家戦略との連携効果
Trueの戦略は、タイ政府の「タイランド4.0」政策と密接に連携している。価値ベースのイノベーション主導型経済への変革を目指す国家政策に対し、民間企業として直接的に貢献する位置づけとなっている。
「国家AI行動計画(2022-2027年)」では、2027年までにタイをASEANのAIハブにする目標が掲げられている。3万人以上のAI人材育成とデジタルインフラ投資増加が具体的目標として設定されており、Trueの戦略はこれらの目標達成に直接貢献する。
政府の関心と資金が集中するタイミングでの戦略発表により、公共セクタープロジェクトへのアクセス拡大と規制面での優位性確保が期待される。
課題と今後の展望
Trueの野心的な戦略には重要な課題も存在する。タイは深刻なAIスキルギャップに直面しており、雇用者の94%がAI人材採用を優先課題とする一方、64%が確保に苦労している状況だ。
デジタルデバイドの問題も深刻だ。タイのインターネット普及率は78.3%と高水準だが、地方部では依然として課題が残る。「すべてのタイ人のためのAI」の実現には、インフラ格差の解消が前提条件となる。
BKK IT Newsは、Trueの戦略が成功するためには、ネットワーク品質でのAISとの差を縮め、政府による教育改革とデジタルインフラ整備が不可欠と考える。企業単独では制御できない外部要因への依存度が高く、国家レベルでの課題解決が戦略成功の鍵を握っている。
合併効果を最大化し、国家戦略と歩調を合わせたTrueのAI戦略は、タイの通信業界とデジタル経済の発展に重要な影響を与える。その成否は、技術的な優位性の確立と社会全体のデジタル能力向上の両方にかかっている。
参考記事
- True Corp charts AI roadmap – Bangkok Post
- Thailand’s Vision for AI-Driven Economic and Social Growth – OpenGov Asia
- True Corp unveils 3 strategic missions: trusted brand, AI for all – The Story Thailand
- TrueBusiness, Intel use AI to transform Thai public health – RCR Wireless News
- Thailand, June 2025, Mobile Network Experience Report – Opensignal