米泰軍事同盟が新段階へ ~「Enduring Partners 2025」で見えるタイの戦略的価値向上と企業への影響~

米泰軍事演習が示すタイの価値 ~サイバー・宇宙分野参入で竹の外交強化~ タイ国際外交・貿易
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8月17日から29日にかけてタイで実施される米泰合同軍事演習「Enduring Partners 2025」が、両国の安全保障関係を新たな段階へと押し上げている。今年で3回目を迎える演習は、従来の空軍中心から多領域作戦(MDO)への転換を図り、サイバー・宇宙分野を含む統合的な軍事協力を実現した。この深化する同盟関係は、タイの地政学的価値を高め、経済・技術面での恩恵をもたらす一方で、米中競争の激化により企業の事業環境にも新たな影響を与える可能性が高い。

20年の積み重ねが開花

米泰軍事協力の現在の形は、2002年に設立された国防総省の国家パートナーシッププログラム(SPP)により築かれた基盤の上に成り立っている。ワシントン州兵とタイ王国軍の20年間にわたる継続的なパートナーシップは、高官レベルの外交を超えた、現場レベルでの深い信頼関係を構築してきた。

この関係は、2014年のタイ軍事クーデター後の政治的混乱においてもその堅牢さを証明している。米国は注目度の高いコブラゴールド演習への参加を縮小したものの、SPPや専門的な交流は継続され、「ファイアウォール」として機能した。政治情勢が改善すれば活動を迅速に拡大できる多層的なエコシステムが、今日のEnduring Partnersのような洗練された演習を可能にしている。

現在の米泰同盟は、コブラゴールド(大規模多国籍演習)、CARAT(海軍演習)、専門家交流(SMEE)、そして今回のEnduring Partnersという多様な演習ポートフォリオで構成されている。各演習がそれぞれ異なる目的を持ちながら、補完的な役割を果たすことで、政治的な混乱を乗り越えることができる強靭な協力体制を実現している。

マルチドメイン作戦への飛躍的進化

2025年の演習最大の特徴は、マルチドメイン作戦(MDO)コンセプトの全面採用である。2023年と2024年の空軍中心の演習から、わずか3年でサイバー、宇宙、陸軍要素を統合した包括的な軍事協力へと急速に進化した。この変化は、両国の戦略的優先事項が深く一致していることを物語っている。

演習には約150人の米軍人が参加し、ワシントン州兵の陸軍部隊が初参加を果たした。KC-135ストラトタンカー空中給油機2機やUH-60ブラックホークヘリコプター2機といった主要軍事資産も展開される。これらの装備をタイに展開するために必要な兵站努力は、米国の演習に対する本格的なコミットメントを示している。

タイ王国空軍は、この演習がMDOコンセプトの下で計画されていることを公式に認めており、空、宇宙、サイバー各領域における任務の影響を統合した複合航空作戦能力の開発を目標としている。これは両軍が基本的な相互運用性を超え、共通の概念的枠組みでの作戦計画・実行という深いレベルでのドクトリン統合への移行を意味する。

タイの「竹の外交」を強化する戦略的効果

この軍事協力の深化は、タイの伝統的な「竹の外交」を損なうものではなく、むしろ強化する可能性が高い。より効果的にヘッジングを行う能力は、自国の強さと競合する大国にとっての価値に正比例するためだ。

MDO、サイバー、宇宙における高度な軍事能力へのアクセスにより、タイは米国にとってより価値のある安全保障パートナーとなる。同時に、より近代的で強靭なタイ軍は、中国の視点から見てもより手ごわいアクターとなり、中国との政治・経済取引におけるタイの影響力を増大させる。

しかし、この強化された立場にはリスクも伴う。米国の作戦ドクトリン採用と機密性の高い領域での相互運用性により、タイは米国安全保障ネットワークのより不可欠な構成要素となる。この統合の深化は、仮説上の米中紛争において、タイの軍事基地や部隊を潜在的な標的とする可能性もある。

産業・技術面での波及効果

軍事近代化への焦点は、タイの経済開発戦略と直接的に一致している。タイ政府は防衛産業を12のターゲット「Sカーブ」セクターの一つとして特定しており、高度な米軍システムとの接触は国内研究開発の重要なロードマップを提供する。

サイバー防衛、宇宙作戦、高度な通信分野でのタイ軍人訓練は、高度に熟練した人材プールを創出する。これらのスキルは「デュアルユース」であり、民間経済に直接移転可能だ。銀行や通信から電子商取引、災害管理に至るまでのセクターに利益をもたらし、タイの技術基盤強化に貢献する。

特に注目すべきは、タイが急速なデジタルトランスフォーメーションを遂げる中で、国の重要インフラのサイバー攻撃に対する脆弱性が高まっていることだ。米国のサイバーコマンドとの協力は、国家サイバーセキュリティ庁(NCSA)などの民間機関の取り組みを補完し、国家のサイバーセキュリティ強化に不可欠な要素となっている。

企業への示唆と対応策

BKK IT Newsは、この深化する米泰軍事協力が企業の事業環境に複数の影響をもたらすと予測する。

まず、防衛・セキュリティ関連産業では新たな投資機会が拡大する。タイの防衛産業政策と米国技術への接触機会増加により、関連サプライチェーンへの参入や技術移転の可能性が高まる。

サイバーセキュリティ分野では、軍事レベルでの技術向上が民間セクターにも波及し、より高度なサイバー防衛ソリューションの需要が増加する。金融、製造業、インフラ企業にとって、この技術向上は事業の安全性向上に直結する。

一方で、地政学的リスクの管理がより重要になる。米中競争の激化により、企業は両大国との関係バランスについて、より慎重な戦略が必要となる。特に中国市場への依存度が高い企業は、リスク分散の検討を要するだろう。

企業の対応選択肢として、技術面では米国との協力深化を活用したデジタル変革の加速がある。サイバーセキュリティや宇宙技術分野での人材育成投資も有効だ。リスク管理面では、地政学的変動に対する事業継続計画の見直しと、市場分散化の検討が重要となる。

今回の軍事協力深化は、タイが21世紀の複雑な課題に対応するための技術的・戦略的能力を向上させる重要な機会となっている。企業にとっては、この変化を競争力強化の契機として活用する視点が求められる。

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