SOCO WORKのタイ文化融合コワーキング戦略~不動産大手が仕掛ける事業転換の先駆モデル

タイ文化を融合したSOCO WORKの挑戦~コワーキングで実現する事業戦略の転換 ノマド
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タイの大手不動産デベロッパーBhiraj Buri Groupが運営するSOCO WORKが、コワーキングスペース市場で注目を集めている。タイの食文化や都市景観を取り入れた独創的なデザインコンセプトで、WeWorkやRegusなどのグローバルブランドとの差別化を図る戦略だ。これは単なる新規事業ではなく、パンデミック後の商業用不動産市場の構造変化に対する戦略的な適応例として重要な意味を持つ。

不動産業界の構造変化が生んだ新戦略

コワーキングスペース事業への参入は、タイの不動産市場が直面する深刻な課題への対応策として位置づけられる。バンコクのオフィス市場は2024年以降、「One Bangkok」などの大規模プロジェクトの相次ぐ竣工により、過去最大級の供給過剰状態に陥った。

CBREの2025年第2四半期レポートでは、バンコク全体のオフィス空室率が上昇し、稼働率が2004年以来初めて80%を下回ったと報告されている。この厳しい市場環境の中で、従来の長期賃貸モデルだけでは競争力を維持することが困難になった。

パンデミック以降、リモートワークやハイブリッドワークの普及により、企業のオフィス需要は根本的に変化した。2023年にタイ労働省が実施した調査では、若手従業員の60%以上が柔軟な働き方を支持していることが判明している。企業は全従業員分の固定席を常に確保する必要性が薄れ、より柔軟でコスト効率の高いワークスペースソリューションを求めている。

Bhiraj Buri Groupは40年以上の不動産開発経験を持つ業界大手として、この市場変化を好機と捉えた。自社の豊富な不動産ポートフォリオを活用し、従来の賃貸業の枠を超えた新たな価値提供モデルとしてSOCO WORKを立ち上げたのだ。

タイ文化を活用した独自の差別化戦略

SOCO WORKの最大の特徴は、「タイネス」を現代的なワークスペースに再解釈したデザインコンセプトにある。この戦略は、グローバルブランドが提供する均質化された空間に対する明確なアンチテーゼとして機能している。

中心となるコンセプトは、タイ人が屋台や食堂で調味料を使って料理の味を自分好みに調整する「シーズニング」の習慣から着想を得ている。利用者がホットデスク、集中ブース、会議室、リラックススペースといった様々な空間を自由に選択し、その日の気分や働き方に応じて最適な労働環境を「調合」できるという柔軟性を象徴している。

デザインには、バンコクの日常風景である電柱や電線、商店の鉄格子、歩道の舗装ブロックといった要素が洗練されたデザイン要素として取り入れられている。建築事務所「pbm」による設計では、鋼鉄製プラットフォームを導入して床レベルに意図的な高低差を生み出し、オープンな共有空間の中にプライベート感を確保している。

この戦略により、WeWorkやRegusといったグローバルブランドには模倣が困難な「オーセンティシティ」を創出している。タイの若手ワーカーの共感を呼ぶとともに、現地のリアルな日常に触れたい海外デジタルノマドにも強く訴求する価値提案となっている。

現在の展開状況と市場での位置づけ

SOCO WORKは現在、バンコク市内の戦略的な立地に2つの主要拠点を展開している。スクンビットエリアの「SOCO WORK&LIVE EmQuartier」は、高級ショッピングモール「The EmQuartier」内に位置し、BTSプロンポン駅直結の抜群の交通利便性を誇る。

もう一つの「SOCO WORK Summer Lasalle」は、バンナー地区の大規模複合施設内にある。こちらは「オフィスキャンパス」というコンセプトで、緑豊かな環境と広々とした空間を特徴としている。

料金体系は、デイパスが650バーツ、月額プランが6,500バーツと、バンコク市場では比較的高価格帯に位置づけられる。この価格設定は、品質とサービスへの自信を反映したものだ。

市場調査会社Next Move Strategy Consultingによると、タイのコワーキングスペース市場規模は2023年の1億670万ドルから2030年には5億5080万ドルに達すると予測されている。年平均成長率26.2%という高い成長が見込まれる中で、SOCO WORKは独自のポジショニングを確立している。

タイ政府も2024年7月にデジタルノマド向け「デスティネーション・タイランド・ビザ(DTV)」を導入するなど、リモートワーカーの誘致に積極的だ。さらに「LOCO(AL) Working Space」キャンペーンを通じて、各地のユニークな環境でのリモートワークを推進している。これらの政策はSOCO WORKのようなコワーキングスペースにとって追い風となっている。

今後の展望と事業戦略への影響

SOCO WORKの成功は、タイの商業用不動産業界に重要な示唆を与えている。BKK IT Newsとしては、この取り組みが他の不動産デベロッパーにも波及し、業界全体の変革を加速させる可能性があると考えている。

従来の「大家業」から「ホスピタリティ・プロバイダー」への進化は、不可避の流れとなりつつある。サービス、体験、コミュニティといった無形の価値を提供することで、賃料以外の収益源を開拓し、テナントとの関係を深化させることが可能になる。

特に築年数の経過したビルにとって、フロアの一部をコワーキングスペースに転換することは、空室対策と資産価値向上の有効な戦略となる。ビル全体の集客力を高め、他フロアのテナント誘致にも好影響を与える効果が期待できる。

企業側から見ると、フレキシブルオフィスの普及により、より柔軟な契約形態を求める交渉力が高まっている。本社機能は維持しつつ、従業員が自宅近くで働けるサテライトオフィスや、プロジェクト単位で利用するワークスペースとしてコワーキングスペースを活用する動きが活発化している。

企業への戦略的示唆

SOCO WORKの事例は、企業経営者にとっていくつかの重要な戦略的示唆を提供している。

第一に、市場の構造変化を好機として捉える視点の重要性だ。パンデミックによる働き方の変化や不動産市場の供給過剰は、一見すると脅威に見える。しかし、Bhiraj Buri Groupのように既存の資源を活用して新たな価値提案を創出することで、競争優位を築くことが可能だ。

第二に、文化的差別化戦略の有効性である。グローバル化が進む中でも、ローカルな文脈に根差したオーセンティシティには確実な需要がある。企業は自社の文化的資産を見直し、それを現代的な価値提案として再構築することを検討すべきだろう。

第三に、柔軟性への投資の重要性だ。従来の固定的なビジネスモデルから、変化する顧客ニーズに対応できる柔軟なサービス提供モデルへの転換が求められている。これは不動産業界に限らず、あらゆる業界で共通する課題となっている。

SOCO WORKの取り組みは、単一の事業成功例を超えて、市場構造の変化に対する戦略的適応の先駆モデルとして、今後も注目に値する事例である。

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