タイが小型原子炉(SMR)導入を加速 ~脱炭素とエネルギー安全保障の新戦略~

タイが小型原子炉(SMR)導入を加速 ~脱炭素とエネルギー安全保障の新戦略~ タイ政治・経済
タイ政治・経済

タイが小型モジュール炉(SMR)の導入を本格的に加速させている。2025年7月14日の報道によると、政府は安定した電力供給の確保と化石燃料依存からの脱却を目指し、新たなエネルギー戦略を推進中だ。民間企業からの関心も高まっており、タイのエネルギー政策が大きな転換点を迎えている。

過去の挫折を乗り越えて

タイの原子力発電計画は長い歴史を持つ。1967年にタイ発電公社(EGAT)が初めて原子力発電を検討したが、1978年のタイ湾天然ガス田発見により計画は延期された。安価な国内天然ガスの存在が、より複雑な原子力への投資を不要にしたためだ。

2007年に再び原子力発電の検討が始まった。電力開発計画では2020年から2021年に2基の1000MW級原子力発電所を稼働させる計画が立てられた。しかし2011年の福島第一原子力発電所事故が状況を一変させる。タイ政府は直ちに計画を3年間延期し、その後さらに6年間延長した。2018年の電力開発計画では、原子力発電に関する言及は完全に削除された。

今回のSMR導入計画は、こうした過去の教訓を活かしている。従来の大型炉とは異なり、SMRは規模が小さく、建設期間も短い。安全性も大幅に向上している。

エネルギー課題の深刻化

現在のタイは深刻なエネルギー課題に直面している。電力の70%以上を化石燃料に依存し、天然ガスが約60%、石炭が約14%を占める。特に天然ガスの約3分の1はミャンマーからの輸入に頼っている状況だ。

電力需要は継続的に増加している。2023年の1人あたり3125kWhから2024年には3296kWhに増加した。経済回復とデジタル化の加速、電気自動車の普及が需要増の要因となっている。

特にデータセンター事業の拡大が注目される。外国投資家は24時間安定したクリーン電力を求めており、これが新たな投資誘致の条件となっている。デジタル部門、特にデータセンター開発がタイへの投資を牽引し続けている現状がある。

2050年カーボンニュートラルへの道筋

タイは野心的な環境目標を掲げている。2050年までにカーボンニュートラル、2065年までにネットゼロエミッションの達成を目指す。現在の化石燃料依存度を考えると、抜本的なエネルギー転換が不可欠だ。

電力開発計画PDP2024では、600MWの原子力エネルギー導入を目標としている。2037年までに石炭とガスの割合を48%に削減し、再生可能エネルギーを51%に増やす計画だ。

SMRは運転中にCO2を排出しないクリーンエネルギー源である。シミュレーション結果によると、SMRを太陽光や風力と組み合わせたハイブリッドシステムは、CO2排出量を58%以上削減できる可能性がある。

民間企業の積極的な参加

今回のSMR導入で注目すべきは、民間企業の積極的な参加だ。ラッチ・グループ、グローバル・パワー・シナジー(GPSC)、サハ・パタナピブル・インターナショナルなどが主要な支持企業として挙げられる。

GPSCは最近、デンマークのシーボーグ・テクノロジーズとSMR技術開発の覚書を締結した。EGAT自身も2007年以来、約20年間にわたり原子力技術を研究してきた実績がある。

これらの企業の関心は、政府の国家計画と完全に一致している。官民が一体となった取り組みは、過去の計画と比べて成功の可能性を高めている。

技術的優位性と経済性

SMRは従来の大型原子力発電所と比べて多くの利点を持つ。電力供給が途絶した場合でも炉心を冷却できる自然循環システムなど、強化された安全機能を備える。放射性物質の放出範囲も大型炉の最大16kmに比べて1km未満に抑えられる。

経済面でもメリットがある。SMRからの電気料金は1ユニットあたり約3バーツと予想される。これは大型原子力発電所よりも低コストとされる。PDP2024は平均電気料金を1ユニットあたり4バーツ未満に抑えることを目指しており、SMRはその目標達成に貢献する。

燃料面でも優位性がある。ウランは世界的に豊富に存在し、一度の燃料装填で約2年間連続稼働が可能だ。頻繁な燃料供給の必要性が減り、供給途絶のリスクが大幅に軽減される。

国際協力の重要性

タイはSMR技術獲得のため、多様な国際パートナーシップを追求している。韓国水力原子力発電(KHNP)はEGATと覚書を締結した。原子力平和利用庁(OAP)は大学と協力して人材育成を進めている。

米国とは原子力平和利用協力に関する「123協定」を発効させている。これは核物質、機器、技術移転のための包括的な法的枠組みを提供する。

技術提携の多角化は、単一プロバイダーへの過度な依存を避ける戦略でもある。原子力技術の複雑さを考慮すると、この現実的なアプローチは重要だ。

課題と今後の展望

SMR導入には重要な課題が残る。最大の課題は国民の受容だ。過去の原子力計画は国民の反対に直面してきた。福島事故は原子力への不安を再燃させた経緯がある。

ソーシャルメディア調査では、原子力エネルギーに対する国民感情は80%が中立、14%が否定的、6%が肯定的という結果が出ている。安全性や環境への懸念が否定的感情の主因となっている。

成功には透明性の高い情報公開と継続的な対話が不可欠だ。SMRの安全機能や利点について、積極的な公共教育が求められる。地域社会への具体的な利益提供も検討されている。

タイ経済への波及効果

SMR導入はタイ経済に大きな波及効果をもたらす可能性がある。まず、エネルギー安全保障の強化により、外部要因による電力供給リスクが軽減される。安定した電力供給は製造業の競争力向上につながる。

データセンターなど高付加価値産業への外国投資誘致効果も期待される。24時間安定したクリーン電力は、これらの産業にとって必須条件だ。タイが「中所得国からの脱却」を目指す上で、SMRは重要な基盤となる。

雇用創出効果も見込まれる。SMRプロジェクトの導入と運用は新たな雇用を生み出す。特に高度な技術を持つ人材の育成が促進される。原子力分野のエンジニアや技術者への需要が高まる。

地域協力への影響

タイのSMR導入はASEAN地域全体に影響を与える可能性が高い。インドネシア、ベトナムなど他の加盟国も原子力発電を検討している。タイが先駆的な取り組みを示すことで、地域全体の原子力利用が加速するかもしれない。

ASEANTOM(ASEAN原子力規制機関ネットワーク)などの地域メカニズムを通じて、知識交換と能力構築が促進される。規制枠組みの調和や緊急時対応での地域協力も重要になる。

将来的には国境を越えた電力網の構築につながる可能性もある。エネルギー協力の深化は、ASEAN統合を促進する要因となるだろう。

BKK IT Newsの見解

BKK IT Newsは、タイのSMR導入が適切に管理されれば、国のエネルギー安全保障と経済発展に大きく貢献すると考える。過去の挫折を教訓とし、技術的優位性を活かしたアプローチは評価できる。

ただし、成功の鍵は国民の理解と信頼獲得にある。透明性の確保と継続的な対話なしに、持続可能な原子力利用は実現できない。政府と民間企業の連携に加え、市民社会との協力が不可欠だ。

タイが目指す2050年カーボンニュートラルの実現には、SMRのような安定したクリーンエネルギー源が必要だ。適切な計画と実施により、タイは地域のエネルギー転換をリードする位置に立てるだろう。

参考資料