「AI導入できない」タイ中小企業が7割 ~知識不足・コスト・セキュリティの三重苦で競争力格差拡大~

「AI導入できない」タイ中小企業が7割 ~知識不足・コスト・セキュリティの三重苦で競争力格差拡大~ AI
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タイの中小企業が直面する深刻な課題が浮き彫りになった。最新の調査により、約7割の中小企業がAI導入に踏み切れずにいることが判明。知識不足、コスト、セキュリティの三重苦により、企業間の競争力格差が急速に拡大している。Thailand 4.0戦略の理想と現実の乖離が、国家の経済成長に深刻な影を落としている。

パンデミック後のデジタル化は「外装」のみ

COVID-19パンデミックを契機に、タイ中小企業の80-90%が何らかのデジタル変革に着手した。しかし、その多くはeコマースプラットフォームの利用やオンライン決済の導入といった対症療法的な対応に留まった。

現在の状況を見ると、AI導入率について複数の調査データが存在する。サイアム商業銀行の調査では40.4%の中小企業がAIソリューションを導入済みとされる一方、電子取引開発庁の調査では導入率は17.8%に留まる。この大きな乖離は、「AI導入」の定義が標準化されていない市場の未成熟さを示している。

実態は、ChatGPTに情報を尋ねるといった単純な実験レベルから、ビジネスプロセスへの本格的な統合まで様々だ。多くの企業は表面的なデジタル化は達成したものの、業務プロセスの根本的変革には至っていない。

3つの壁が阻む本格導入

プラナコン・ラジャパット大学の研究により、タイ中小企業のAI導入を阻む主要な障壁が明確になった。

最大の課題は知識・スキル不足で、73.6%の企業が直面している。これは単にデータサイエンティストが不足しているという問題ではない。多くの中小企業経営者自身が、AIの潜在的可能性や自社ビジネスへの応用方法を根本的に理解していない。

次に大きな障壁がコスト問題で68.4%の企業が懸念している。AIツールの導入、インフラ整備、専門人材の育成や雇用にかかる費用が、リソースの限られた中小企業には重い負担となっている。

第三の壁はデータセキュリティへの懸念で、61.2%の企業が企業の機密情報や顧客データをAIシステムに委ねることに不安を感じている。

これら3つの障壁は相互に連関し、負のスパイラルを形成している。知識の欠如がAI投資の適切な費用対効果評価を妨げ、コストが不当に高く感じられる。技術への理解不足が過度なセキュリティへの恐怖を煽り、投資意欲をさらに減退させる。

地域内での遅れが鮮明に

ASEAN主要国との比較で、タイの立ち位置が明確になる。マレーシアでは中小企業のAI導入率が2024年に27%に急増し、明確な国家戦略の下でエコシステムを育成中だ。マレーシア・デジタルエコノミー公社が140社のAIソリューションプロバイダーを支援するなど、政府主導の取り組みが功を奏している。

シンガポールでは状況が対照的だ。中小企業のAI導入率は4.2%と低いが、大企業では44%に達している。国内における深刻な「AIデバイド」が存在する一方、政府は10億シンガポールドル規模のAI投資ファンドで強力なテコ入れを図っている。

タイの格差は、広範な中小企業層全体のデジタル成熟度の低さに起因している。ETDA調査によると、中小企業の65.2%が「デジタル・ノビス」「デジタル・フォロワー」の低成熟度段階に留まっている。

政府支援策が本格化

タイ政府は中小企業の「3つの壁」打破に向け、多角的な支援策を展開している。

財政面では、中小企業振興庁が総額27億バーツの低利融資パッケージを用意。このうち10億バーツをデジタル・AI事業変革向けに年利1%の破格条件で提供している。

人材育成では、デジタル経済社会省とマイクロソフト社が連携した「THAI Academy」が2025年末までに100万人以上にAI関連スキルを習得させる野心的なプログラムを展開中だ。

インフラ面では、depaやETDAが技術標準策定、レギュラトリー・サンドボックス導入などを推進。Googleとの提携でクラウド・ファースト政策やサイバーセキュリティ強化にも取り組んでいる。

民間主導の解決策が登場

政府のトップダウン型支援とは対照的に、民間セクターから実践的なソリューションが登場している。

注目すべきは、2025年8月に発表された東南アジアの巨大テック企業SeaとOpenAIの戦略的提携だ。OpenAIの先進的AIモデルを、Seaが展開する巨大デジタルエコシステムと統合することで、中小企業のAI導入障壁を下げることを目的としている。

この提携では、タイ、インドネシア、ベトナムのShopee VIP会員に対し、ChatGPT Plusを3ヶ月間無料で提供。さらに重要なのは、AIツールを数百万の中小企業が日常利用する「Shopee Seller Centre」に直接組み込んでいることだ。

このアプローチにより、事業者は新しいシステムをゼロから学ぶ必要がなく、使い慣れた環境内でAIを活用できる。「Chat AI Assistant」「AI Listing Generator」などの具体的ツールが、24時間365日の顧客対応や効果的な商品説明文作成を支援している。

2030年への分岐点

AI導入格差の是正は、タイ経済の未来を左右する重要な分岐点となっている。

経済的インパクトは計り知れない。East Venturesは、AIの導入により2030年までにタイのGDPが1,170億米ドル(約12%増)押し上げられる可能性があると試算している。タイ開発研究所とETDA、SAPによる共同白書は、タイのAI市場規模が2024年の480億バーツから2030年には1,300億バーツに成長すると予測している。

しかし、この莫大な経済的恩恵が社会全体に均等分配される保証はない。もし中小企業のAI導入格差が放置されれば、タイ経済は「K字型」の回復・成長軌道を描く危険性がある。AIを駆使する大企業や一部の先進中小企業は飛躍的成長を遂げる一方、大多数の中小企業は競争力を失い停滞していく。

労働市場への影響も深刻だ。世界経済フォーラムは、2030年までにタイの全雇用の20%が自動化により代替される高いリスクに晒されていると予測している。一方で、AI関連スキルへの需要は37%増加し、より高い初任給が設定される見込みだ。

BKK IT Newsの見解

タイの中小企業が直面するAI導入格差は、単一の技術的課題ではなく、より広範なデジタル成熟度の欠如に根差した多面的問題だ。しかし、この課題は克服不可能ではない。

政府はより的を絞った支援策へと舵を切り、民間セクターからは市場原理に基づいた革新的ソリューションが登場している。特に、SeaとOpenAIの提携は、従来のトップダウン型支援とは異なる、市場主導型のプラットフォームベースアプローチの効果を示している。

タイが持続可能な成長を実現するためには、各ステークホルダーの連携が不可欠だ。中小企業は基礎的なデジタル成熟度向上を優先し、既存プラットフォームに組み込まれた低コスト・高効果のAIツールから活用を始めるべきだ。テクノロジー提供者は「組み込み型AI」モデルを推進し、政府は支援の焦点を「AI導入」から「デジタル成熟度向上」へシフトする必要がある。

時間との競争は既に始まっている。AI導入格差の解消に向けた取り組みの成否が、タイの経済的地位と社会の安定を決定づける重要な要素となるだろう。

参考記事リンク

  1. View of DETERMINANTS OF AI AND MACHINE LEARNING TECHNOLOGY ACCEPTANCE IN BUSINESS DECISION-MAKING AMONG THAI SMES: EVIDENCE FROM CHACHOENGSAO PROVINCE – ThaiJO
  2. AI era dawns: 40% of Thai SMEs embrace AI for competitiveness – Nation Thailand
  3. Experts urge SMEs to embrace AI for business growth and efficiency – Nation Thailand
  4. Launch of AI Whitepaper, a guide to help Thai businesses use AI sustainably
  5. Sea and OpenAI sign MOU to accelerate AI adoption in Southeast Asia