タイがOpenAI東南アジア最大成長市場に ~ChatGPT利用者1年で4倍、政府AI戦略との相乗効果で地域ハブ化加速~

タイAI市場が東南アジア最大規模に ~OpenAI戦略責任者が認定、政府投資と民間活用の成果が結実~ AI
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2025年9月13日、OpenAIの最高戦略責任者ジェイソン・クォン氏がバンコクで開催された「AI LEAP」フォーラムで重要な発表を行った。タイにおけるChatGPTの週間アクティブユーザー数が過去1年間で4倍に増加し、東南アジアのトップ成長市場となった。この成長は偶然の産物ではない。長期的な国家戦略と国民の文化的特性が生み出した必然的な結果である。

高い成長の背景にある国民性

OpenAIがタイ市場の急速な普及の理由として注目したのは、タイ国民の「新しいテクノロジーに対する楽観主義」である。ジェイソン・クォン氏は、この文化的な受容性をタイ市場の重要な競争優位と評価した。実際、ASEAN財団の2024年調査では、タイ人の77%が「AIは害よりも益をもたらす」と回答しており、この楽観的な姿勢が技術導入の障壁を大幅に低下させている。

この文化的な素地は、過去にモバイルバンキングやソーシャルメディアが急速に普及した歴史的パターンとも合致する。タイの1日平均インターネット利用時間は7時間54分に達し、そのうち5時間がスマートフォン経由である。特にLINEが5600万人、Facebookが5100万人のユーザーを抱える対話型プラットフォームの浸透度は、ChatGPTのような対話型AIにとって理想的な土壌を提供している。

実用的な活用が成長を牽引

タイにおけるChatGPT利用の上位5用途は、翻訳、自己啓発、家庭教師・学習支援、セルフケア、個人的な文章作成支援となっている。特に注目すべきは「翻訳」が筆頭に位置することだ。これは観光業と国際ビジネスに大きく依存するタイ経済の構造的なニーズを直接的に解決している。

AIによる翻訳機能は、屋台の店主が観光客とコミュニケーションを取ったり、小規模な工芸家がオンラインで世界中の顧客に製品を販売したりすることを可能にしている。低コストでアクセス可能な翻訳機能により、中小企業や個人事業主が海外市場と関わることができる規模が飛躍的に拡大した。

18歳から24歳の年齢層が成長の主要な牽引役となっていることも重要な要素だ。デジタルネイティブ世代がAIを日常生活、特に教育や自己啓発のツールとして自然に受け入れ、活用している。

国家戦略との絶妙な連携

タイの成長は政府の長期戦略との絶妙な連携によって支えられている。2016年に開始された「タイランド4.0」政策は、国家全体をテクノロジー主導型経済に転換させるための基盤を築いた。デジタルインフラの整備、イノベーションの促進、人材のスキルアップを主要な柱とし、テクノロジーの導入を社会的に当然のこととする国民的な議論を醸成した。

さらに2022年に策定された「国家AI戦略(2022-2027年)」は、より具体的な行動計画を提供している。2027年までにタイをASEANのAIハブへ押し上げることを明確なビジョンとし、60万人の国民にAI意識を啓発、3万人以上のAI専門家育成、少なくとも100件の研究開発プロトタイプ創出という野心的な目標を掲げている。

投資環境の好循環

この明確な国家方針は国際投資を大きく引きつけている。2024年上半期だけでタイ、シンガポール、マレーシアにまたがるAI対応データセンターに300億米ドル以上が投じられた。GoogleやNVIDIA社CEOの訪問は、AIインフラへの関心の高まりを象徴している。

民間資本の流入は国家AI戦略が求める基盤インフラを構築し、今度はタイ国内のスタートアップや中小企業のイノベーション参入障壁とコストを引き下げている。官民のフィードバックループが形成され、当初の政策目標達成を加速している。

セクター別での具体的な変化

ヘルスケア分野では、シリラート病院の「Siriraj Chest AI」が結核やがんなどの疾患を検出する胸部X線写真分析の精度を向上させている。Microsoft AzureベースのLooloo Health社「PresScribe」は35の病院に導入され、医師と患者の会話を自動で文字起こしして医療記録を作成し、文書作成時間を最大80%削減している。

教育分野では、チュラロンコン大学でのChatGPT活用により202のコース開発と多数の学術論文発表につながった。AIが各学生の習熟度に合わせてコンテンツを調整する個別化学習の実現により、都市部と地方間の教育格差是正への可能性も広がっている。

クリエイティブ産業では、Food Passion GroupがAppier社の「AdCreative.ai」プラットフォームを利用してコンテンツ制作を効率化している。生成AIによりマーケティングコピーやビジュアルアセットを迅速に生成し、キャンペーン制作のサイクルを大幅に短縮している。

課題と今後の展望

一方で課題も明確になっている。最も緊急性が高いのは「スキル・ギャップ」だ。タイのCEOの61%がAIによる事業変革を予測しているにもかかわらず、58%が労働力のスキル不足を最大の障壁として挙げている。

タイの全雇用の15%が自動化される可能性が高いと推定され、特に管理事務、小売、顧客サービス職種が対象となる。大規模なスキルアップ・リスキリングの取り組みがなければ、AIは少数のエリート層に利益をもたらす一方で、多くの人々を取り残すリスクがある。

BKK IT Newsとしては、タイは地域におけるAIの拠点国家へと飛躍する重要な岐路に立っていると考える。政府の明確なビジョンと国民の受容性という強力な追い風を受けつつも、そのポテンシャルを最大限に引き出すためには、人材開発という国家的課題に戦略的に取り組むことが不可欠になる。

OpenAIの今回の発表は、タイがアジア太平洋地域のAI市場において重要な地位を占めていることを国際的に認知させる効果を持つ。この認知度向上により、さらなる投資とパートナーシップの機会が創出される可能性が高い。企業は人材育成と技術導入のバランスを取りながら、この歴史的な転換期を戦略的に活用することが求められている。

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