タイ国営通信NT、経営再建脱却の陰に隠れた危機 ~主要収益源失効で下半期大幅赤字予測、見せかけの回復に警鐘~

タイ国営通信NT、経営再建脱却の陰に隠れた危機 ~主要収益源失効で下半期大幅赤字予測、見せかけの回復に警鐘~ タイ政治・経済
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タイの国営通信事業者である国家電気通信株式会社(NT)が2025年8月、経営再建計画から正式に脱却したと発表した。同時に上半期41億1,000万バーツの黒字を計上し、一見すると目覚ましい回復を遂げたように見える。しかし、この成功の裏には深刻な財務的課題が潜んでいる。

表面的な成功とその実態

NTは2025年上半期に連結収益411億1,800万バーツ、純利益41億1,000万バーツを記録した。この業績により国営企業政策委員会から経営再建計画からの脱却が承認された。

ところが通期の利益目標を見ると、わずか3億6,000万バーツに設定されている。上半期41億バーツの黒字に対し、通期目標が3億6,000万バーツということは、下半期に約37億5,000万バーツの大幅な赤字が予想される計算だ。

この急激な収益悪化の原因は、2025年8月4日に失効した850MHz、2100MHz、2300MHzの周波数帯を利用した提携契約の終了にある。この契約から得られる収益は年間約100億から150億バーツに達していた。NTの主要な収益源が一夜にして消滅したのである。

合併が生んだ構造的問題

NTは2021年にTOT社とCATテレコム社の合併により誕生した。政府は両社の資産統合により、民間大手のAISやTrueに対抗できる強力な国営通信事業体の創出を期待していた。

しかし、合併は組織の統合を優先するあまり、企業文化や業務プロセスの融合という困難な課題を後回しにした。その結果、旧TOT出身者と旧CAT出身者の根深い対立が現在も続いている。内部関係者は、この組織文化の衝突を「時限爆弾」と表現している。

業務の重複も深刻な問題となった。合併直後の2021年初頭には、旧CATと旧TOTの法人営業チームが同じ顧客企業に対して競合する事例が報告されている。統一ブランドを掲げながら、請求システムやサービス拠点での対応が一貫性を欠き、顧客の混乱を招いた。

700MHz帯という負の遺産

NTが今後モバイルサービスを展開する上で唯一の主要な周波数帯資産となるのが700MHz帯である。しかし、この資産は希望の星どころか深刻な問題の源泉となっている。

NTは2020年のオークションで700MHz帯を343億バーツという高値で落札した。それから数年が経過した現在も、この高価な資産を収益化する明確な事業計画を策定できていない。経営の焦点は既存の約200万人の加入者を700MHz帯へ移行させるという内向きの作業に終始している。

さらに深刻なのは、移行対象となる顧客の多くが700MHz帯に対応していない古い端末を使用していることだ。旧来のネットワーク停止後、これらの顧客は競合他社のネットワーク上で通信せざるを得ない。その結果、NTは自社の顧客を維持するために競合他社に巨額のローミング費用を支払っている。その額は6ヶ月間で10億バーツ以上に達した。

新戦略への転換

危機に直面したNTは、従来のビジネスモデルからの脱却を図っている。現在3つの新戦略を打ち出している。

第一は民間事業者との戦略的提携である。AIS、True、そして2社の海外ITベンダーが提携に関心を示している。NTはワーキンググループを設置し、提携に関する決定を2025年末までに行う予定だ。

第二は低軌道衛星事業への進出である。NTは国家放送通信委員会からLEO衛星サービスの認可を取得し、Eutelsat OneWebと大規模なパートナーシップを締結した。ウボンラーチャターニー県にASEAN地域で最も先進的とされるOneWeb衛星ネットワークポータルゲートウェイを開設し、2025年第3四半期に商用開始を予定している。

第三はクラウドサービスの拡大である。現在年間約40億バーツの収益を2027年までに100億バーツへ拡大する野心的な目標を掲げている。政府の「Cloud First Policy」と連動し、政府データセンター・クラウドサービスの主要運営者として公共部門のデジタル化を支える役割を担っている。

国営企業改革への示唆

NTの状況は、同じく経営再建を経験したタイ国際航空の成功事例と対照的である。タイ国際航空は債務の株式化を含む抜本的な財務リストラクチャリング、機材最適化や徹底したコスト削減を断行し、真の再生を遂げた。自己資本はマイナス1,400億バーツからプラス550億バーツへと劇的に改善し、株式市場への再上場も果たした。

一方、NTの再建計画脱却は根本的な事業・財務リストラクチャリングによるものではない。高コスト体質や内部の非効率性といった問題にはメスが入っていない。不採算の中核事業を立て直すのではなく、新規事業に活路を見出す戦略だ。

企業への提言

BKK IT Newsとしては、タイに進出している企業は以下の点を考慮すべきと考える。まず、NTとの取引や提携を検討する際は、同社の財務的不安定性を十分に評価する必要がある。

通信インフラの多様化も重要だ。NTへの過度な依存は、同社の経営不振が事業継続に影響を与えるリスクを含んでいる。代替プロバイダーとの関係構築を並行して進めることで、リスクの分散を図れる。

クラウドサービスや衛星通信といったNTの新規事業領域では、技術的な優位性やサービス品質を慎重に見極めることが求められる。組織内の混乱が続く中で提供される新サービスの品質に不安が残る。

タイの通信市場はAISとTrueによる寡占状態にある。NTの弱体化はこの寡占体制をさらに強固にする可能性がある。長期的には料金高止まりやサービス革新停滞のリスクも考慮すべきだろう。

NTの経営再建脱却は、真の再生ではなく一時的な猶予に過ぎない可能性が高い。巨大な収益喪失、高コストで低リターンの700MHz帯資産、根深い内部の機能不全というパーフェクトストームに直面している。新戦略の実行能力に疑問が残る中、再び深刻な経営危機に陥るリスクは極めて高い。

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