タイで外国人投資家による「名義貸し(ノミニー)」への取り締まりが急速に強化されている。ペートンターン・シナワット首相の政権下で、この9ヶ月間だけで857社が法的に訴追され、経済的損害額は150億バーツを超えた。商務省事業開発局(DBD)は約4万6918社を「高リスク企業」としてリストアップし、順次調査を進める方針だ。
ノミニーとは何か
ノミニーとは、タイの外国人事業法(FBA)が定める外資規制を回避するため、タイ国籍の個人や法人に名義上の株主となってもらい、実質的な所有権と経営権は外国人が保持するスキームである。
FBAでは、外国人が資本の半数以上を保有する法人を「外国人」と定義している。このため外国人投資家は株式の49%を保有し、残りの51%を名義上のタイ人株主に保有させることで、会社を法的に「タイ法人」として扱い、規制を回避してきた。
しかし、FBA第36条はこうした名義貸し行為を明確に禁止している。違反には3年以下の禁固刑、または10万バーツから100万バーツの罰金が科される。
取り締まり強化の背景
取り締まり強化の背景には、特定の国からの資本流入に対する懸念がある。近年、中国からの投資が急増し、中国人労働許可証保有者数が日本人を抜いて最多となった。
この急激な変化により、不透明な投資手法や現地法規制の軽視に対する警戒感が高まっている。政府の取り締まりは、こうした「グレー資本」への対応という側面が強い。
重点調査対象となる業種
DBDが2025年の調査計画で重点項目として挙げているのは以下の業種だ。
- 観光および関連事業(レストラン、土産物店など)
- 土地・不動産取引業
- Eコマース、輸送、倉庫業
- ホテル・リゾート業
- 農業関連事業
- 一般建設業
地理的には、プーケット、チェンマイ、チョンブリー、ラヨーン、バンコクが重点調査地域となっている。
罰則の強化計画
政府は現在、アンチ・マネーロンダリング法(AMLA)を改正し、FBA違反を前提犯罪に加える計画を進めている。この改正が実現すれば、アンチ・マネーロンダリング事務局(AMLO)は違法な事業に関連する全ての資産を凍結・没収する権限を得る。
これにより、リスクは罰金という管理可能なコストから、投資資金の全額没収という事業存続を不可能にする壊滅的なものへと変貌する。
一方で進む規制緩和
政府は厳しい取り締まりを進める一方で、FBA自体の改革も進めている。2025年4月の閣議決定では、FBAの基本理念を従来の「保護主義」から「競争力強化」へと転換することが承認された。
具体的には以下の規制緩和が検討されている。
- 一部の非戦略的分野における外資比率上限の緩和
- 企業グループ内のIT・人事サービスなどのFBA規制対象からの除外
- ベンチャーキャピタルからの資金調達に対応した規定の柔軟化
日系企業の選択肢
ノミニーに代わる合法的な選択肢は主に3つある。
1. 投資委員会(BOI)による投資奨励の取得
BOIの奨励を受けることで、FBAの規制対象事業であっても外資100%での事業展開が可能になる。従来は製造業が中心だったが、近年はデジタル関連サービスへの奨励が強化されている。
2. 外国人事業許可(FBL)の取得
FBAの規制対象事業を外国資本が過半数を占める企業として運営するためのライセンス。ただし取得は極めて困難で、認可率は50%程度とされる。
3. 真の合弁事業(JV)の構築
タイ資本が51%以上を占める合弁会社の設立。ただし、真のパートナーシップでなければならず、タイ側パートナーは実際に資本を投下し、経営に実質的に関与する必要がある。
対応の緊急性
現在ノミニー構造を利用している企業にとって、コンプライアンス体制への移行は緊急かつ不可欠な経営課題だ。AMLA改正による資産没収リスクの現実化により、これは単なる推奨事項ではなく、事業の存続そのものを脅かす致命的なリスクとなっている。
タイ政府のメッセージは明確だ。「外国からの投資は歓迎する。しかし、それは我々のルールに従うものでなければならない」。透明性が高く、法を遵守し、タイの国家経済発展戦略に合致する投資こそが求められている。
日系企業は現状に対する楽観的な見通しを捨て、積極的なコンプライアンスへの取り組みを進める必要がある。変化の激しいタイ市場において、法を遵守し、透明性を確保することが長期的な成功への唯一の道となるだろう。