タイのマイナスインフレが5ヶ月連続で続く ~企業戦略の見直しが急務に

タイのマイナスインフレが5ヶ月連続で継続 タイ政治・経済
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タイ商務省が9月4日に発表した8月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比マイナス0.79%となりました。これで5ヶ月連続のマイナスインフレとなり、企業経営への影響が深刻化しています。表面的には生活費の負担が軽減されているように見えますが、その背景にはタイ経済の構造的な課題が潜んでいます。

物価下落の背景と要因

タイのインフレ率がマイナス圏に転落したのは今年4月からです。5月にマイナス0.57%、6月にマイナス0.25%、7月にマイナス0.70%と推移し、8月にはマイナス幅がさらに拡大しました。

物価下落の主な要因は供給サイドにあります。世界的なエネルギー価格の下落により、ガソリンやディーゼル価格が前年同月比で大幅に下落しました。同時に、政府が実施している電気料金の引き下げ措置も物価を押し下げています。政府は5月から8月にかけて電気料金補助を実施し、9月から12月にかけても燃料調整料金の引き下げを継続する方針です。

食料品価格も下落に寄与しています。今年は天候に恵まれ、生鮮野菜や果物、鶏卵の供給が増加したことで価格が前年を下回りました。「食料および非アルコール飲料」カテゴリは、7月のプラス0.84%から8月にはマイナス0.08%に転落しています。

コア物価の動向が示す真の問題

生鮮食品とエネルギーを除いたコアCPIは、8月にプラス0.81%となりました。プラス圏を維持しているものの、7月の0.84%から減速し、8ヶ月ぶりの低水準となっています。

この数値が重要な理由は、タイ経済の基調的な物価圧力を示すからです。コアCPIは今年5月にプラス1.09%を記録した後、3ヶ月連続で伸びが鈍化しており、国内需要の根本的な弱さを物語っています。

タイ銀行が金融政策の目標として設定しているインフレ目標圏(1%~3%)を6ヶ月連続で下回る状況が続いています。このため同行は8月13日の会合で政策金利を0.25ポイント引き下げ、1.50%としました。約3年ぶりの低水準です。

構造的課題が経済を圧迫

マイナスインフレの背景には、タイ経済が長年抱える構造的な課題があります。

最も深刻なのは家計債務の問題です。家計債務はGDP比で約90%という異常な高さに達しており、新興国の中でも突出しています。多くの家計が所得の大部分を債務返済に充てているため、消費意欲が削がれています。

人口動態の変化も重要な要因です。タイは「豊かになる前に老いる」国の典型例となっており、生産年齢人口は既に減少に転じています。将来への不安から現役世代の貯蓄志向が高まり、消費が抑制されています。

2025年のGDP成長率について、国際機関は1.8%~2.2%という低い水準を予測しています。観光業の回復も期待を下回り、中国人観光客の戻りは鈍い状況です。

企業経営への影響とリスク

現在の物価環境は、企業経営に複雑な影響を与えています。

短期的には原材料コストの低下により収益性が改善する可能性があります。エネルギーコストの削減は特に製造業にとってプラス要因です。しかし、この状況が長期化すれば深刻な問題が生じます。

消費者が「今後さらに価格が下がるだろう」と予想して購入を先延ばしする買い控えが発生するリスクがあります。企業の売上減少は収益悪化を招き、賃上げの抑制や新規採用の見送りにつながります。

価格決定力の弱い中小企業は特に厳しい状況に置かれています。製品価格の引き下げを余儀なくされる一方で、人件費などの固定コストはすぐには下がりません。

今後の見通し

タイ商務省は2025年通年のインフレ率を0%~1.0%の範囲と予測していますが、実績値を考慮すると通年でマイナスになる可能性も排除していません。

カシコンリサーチセンターは、8月の実績を受けて通年のインフレ率予測を0.3%から0.1%へ大幅に下方修正しました。

今後の動向を左右する要因として、政府の追加景気対策の規模、中国経済の回復ペース、世界的なエネルギー価格の動向が挙げられます。BKK IT Newsとしては、これらの要因が相互に影響し合う中で、2025年後半も低インフレ環境が続くと予想します。

企業が取るべき対応策

この環境下で企業が検討すべき対応策をいくつか提示します。

まず、キャッシュフローの管理を徹底することです。物価下落環境では売上の伸びが期待できないため、手元資金の確保が重要になります。

次に、効率性の向上に注力することです。コスト削減だけでなく、業務プロセスの見直しや技術投資により生産性を高める取り組みが求められます。

人材戦略の見直しも必要です。優秀な人材の確保と定着により、競争優位性を維持する必要があります。賃金の大幅な引き上げが困難な環境では、非金銭的な福利厚生の充実が重要になります。

市場の多様化も検討すべきです。国内市場の低迷が続く可能性を考慮し、輸出市場の開拓や新しい顧客層へのアプローチが有効な選択肢となります。

マイナスインフレは一時的な現象かもしれませんが、背景にある構造的課題は簡単には解決しません。企業は中長期的な視点で経営戦略の見直しを進める必要があります。

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