タイ政府、日本モデルで工業団地をアップグレード ~「エコノポリス」構想で国際競争力強化へ

タイ政府、日本モデルで工業団地をアップグレード ~「エコノポリス」構想で国際競争力強化へ タイ政治・経済
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タイ工業団地公社(IEAT)が、既存の工業団地を「エコノポリス」に転換する計画を発表した。日本の工業団地運営モデルをベンチマークとし、安全性・持続可能性・事業継続性を重視した高度化戦略を推進する。背景には、外国直接投資(FDI)の伸び悩みと近隣諸国との激しい誘致競争がある。

FDI誘致競争で劣勢に立つタイ

タイの産業発展を支えてきたFDIが近年、著しく鈍化している。IEATのユタサック・スパソーン理事長は「過去10年間の産業成長の鈍化と比較して、重要な成長の勢いを失った」と危機感を表明した。

2020年から2023年にかけてタイが受け入れたFDIは年平均わずか59.4億米ドルに留まった。これは、同期間に年平均1,250億米ドル以上を惹きつけたシンガポールはもちろん、ベトナムの158億米ドル、マレーシアの118億米ドルにも大きく水をあけられている。

この劣勢の背景には、人件費上昇による競争力低下がある。ベトナムが若く安価な労働力を武器に投資を集める一方で、タイは新たな価値提案を必要としていた。政府は、コスト競争という土俵から脱却し、質の高さを競うブルーオーシャンへの転換を決断した。

エコノポリス構想とDIY戦略

IEATの新ビジョン「エコノポリス」は、工業団地を「単なる工場集積地から、持続可能で近代的な経済中心地へ」と転換させる構想だ。生産機能だけでなく、イノベーション、商業、生活が融合した包括的経済圏を目指す。

この実現のために策定されたのが「DIY戦略」である。Diversify(サプライチェーン多様化)、Invest More(重点分野への投資促進)、Yield on Sustainability(持続可能性の収益化)の3つの柱からなる。

米中貿易摩擦の深刻化で多くの企業が「チャイナ・プラスワン」戦略を加速させており、タイはこの移転投資の主要受け皿となることを目指している。

日本モデルの戦略的活用

計画の際立った特徴は、日本の工業団地開発・運営モデルを戦略的ベンチマークとしている点だ。IEATは日本から「安全性」「持続可能性」「事業継続性(BCP)」の3要素を重視している。

2022年以降、IEATの視察団が複数回日本を訪問した。羽田イノベーションシティでは先端産業と文化産業が融合したスマートシティモデルを、産業技術総合研究所では研究開発の社会実装プロセスを学んだ。防災・リスク管理関連機関では、投資家に安心材料となるBCP構築・運用ノウハウを習得している。

この背景には、2011年にタイを襲った大洪水で多くの日系企業が操業停止に追い込まれた教訓がある。自然災害や地政学的リスクが高まる現代において、安定操業を保証する「信頼性」がコスト以上に重要な競争力の源泉となっている。

日本との協力は政府間でも強化されている。国際協力機構(JICA)は防水堤建設などの災害対策支援を継続し、経済産業省(METI)とタイ工業省は2024年2月に新たな産業開発協力の枠組みに合意した。製造業人材育成、脱炭素化、サプライチェーン強靭化の3つの柱で連携を深化させる。

スマート・エコ・サーキュラーの三位一体

エコノポリス構想の技術的中核はスマート工業団地への転換だ。IoT、AI、5Gを駆使して団地運営を最適化し、効率性と安全性を向上させる。WHA Eastern Seaboard Industrial Estate 5やAmata Smart Cityでは、すでにスマート化技術の導入が進んでいる。

エコ工業団地化では、過去のマプタプット工業団地での深刻な公害問題への反省を踏まえ、環境負荷最小化と地域社会との共生を重視する。さらに政府は、EEC内にタイ初の「サーキュラー・エコノミー工業団地」設立を計画している。

投資インセンティブと人材育成の課題

タイ投資委員会(BOI)は、計画を支援するため強力なインセンティブを用意している。特にEEC内の特定促進ゾーンでは、通常の法人税免除期間終了後、さらに5年間の50%減税という追加優遇を受けられる。

一方で最大のボトルネックは人材資本だ。専門家によれば、必要なスキルを持つ人材の育成・確保が計画成否を分ける最大の課題となっている。

この解決策として期待されているのが、日本式高等専門学校「高専(KOSEN)」モデルの導入だ。日本政府の全面支援を受けてJICAの円借款で進行するプロジェクトで、15歳から5年一貫の実践的エンジニアリング教育を提供する。

今後の展望

計画が順調に進展すれば、タイは単なる生産拠点からASEANのサプライチェーンハブへと地位を確立する。EECプロジェクト全体で今後10年間にGDPを2兆バーツ押し上げ、20万人の雇用創出が見込まれている。

ただし、高度産業人材育成の遅れ、環境・社会リスクへの懸念、政治的不安定性というリスクが存在する。企業は投資判断において、短期的な税制優遇だけでなく、スマートインフラの質や人材育成プログラムとの連携可能性を重視すべきだろう。

タイの工業団地高度化計画は、国の未来を賭けた挑戦だ。政府の強力なリーダーシップ、民間の積極的投資、社会全体の理解と協力により、タイは中所得国の罠を乗り越える可能性がある。

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