2025年7月24日、タイ投資委員会(BOI)が発表した2025年上半期の投資申請額は1兆600億バーツ(約325億米ドル)に達し、前年同期比139%の爆発的成長を記録した。この歴史的な急増を牽引したのは、データセンター投資の5,226億バーツという前例のない規模である。世界的なハイパースケーラーの需要とAI革命により、タイが東南アジアのデジタルハブとしての地位を確立する転換点となった。
投資急増の背景と経緯
タイのデジタルセクターへの投資は2024年から急速に拡大していた。GoogleやNextDCといった企業による大規模申請により、この年にデジタルセクターが初めて投資額でトップセクターとなった。2025年第1四半期には投資申請額が前年同期比97%増の4,310億バーツに急増し、既に記録的な年となることが予感されていた。
この成長を支えた要因は複数ある。第1に、米中対立による企業の「リスク回避」戦略だ。クルンタイ・コンパスの研究では、米中貿易摩擦の激化がタイへの海外直接投資(FDI)の主要推進力となっていることが明らかになっている。タイ政府は自国を「安全で中立的な立地」として積極的に宣伝してきた。
第2に、タイランド4.0構想と東部経済回廊(EEC)による戦略的基盤の構築だ。EECは優れたインフラと的を絞ったインセンティブを備えた特別経済特区として指定されており、2025年最初の4ヶ月間で海外からの総投資額の54%を占めた。
データセンターブームの実態
2025年上半期のデジタルセクターへの5,226億バーツの投資申請のうち、データセンター事業が28のプロジェクトから5,212億バーツを集め、ほぼ独占状態となった。これは2024年上半期の251億バーツから20倍という驚異的な増加である。
主要な投資プレーヤーには以下が含まれる:
Amazon Web Services(AWS): 15年間にわたる1,950億バーツ(50億米ドル)の「AWSタイランド・リージョン」プロジェクトへの継続的なコミットメントを再確認。
GIP-BlackRock & CPグループ: AI、ビッグデータ、クラウドサービスをサポートするデータセンター建設のための1,750億バーツの巨大合弁事業。
Microsoft: データセンターおよびクラウド・AIインフラの設立計画を発表。総投資額は非公開だが、大規模な戦略的推進の一環。
Stratus Technology: ラヨーン県にIT負荷203MWのTier3データセンターを建設するため、237億バーツを投資するBOI承認プロジェクト。
この他、Google、TikTok、GDS、Switch、NTT、One Asia、Telehouse、Equinix、NextDCといった多数のグローバル企業がタイでのプレゼンスを確立している。
海外直接投資(FDI)の動向
FDI関連の申請は1,369件(前年同期比59%増)、投資額は7,376億バーツ(同132%増)に達した。FDIプロジェクトは総申請額の70%を占め、タイが国際資本を惹きつけることに成功していることを示している。
主要なFDI供給元は以下の通り:
– シンガポール: 2,252億バーツでトップ(大規模データセンタープロジェクトが牽引)
– 香港: 2,186億バーツで僅差の2位(デジタルおよびE&Eセクターに集中)
– 中国: 587件のプロジェクトから1,023億バーツ(主にE&Eおよび石油化学産業)
– 英国: 937億バーツへと25倍に急増(ほぼ完全にデジタルセクター)
タイは地政学的ヘッジを巧みに実行し、欧米と中国双方の影響圏にとって不可欠かつ中立的な拠点としての地位を確立している。
エネルギーインフラの課題
データセンターの新たな波は膨大なエネルギー需要をもたらす。大規模施設1つで100~200MWの電力を消費し、今後の総容量は既存の4倍にあたる650MWを超えると予測されている。
重要なのは、Amazon、Google、Microsoftといった世界的テクノロジー企業が事業運営を100%再生可能エネルギーで賄うという企業目標を掲げていることだ。これにより、クリーンエネルギーの供給は投資にとって交渉の余地のない前提条件となっている。
エネルギー省は電力開発計画(PDP)を積極的に更新し、2037年までに発電構成における再生可能エネルギーの割合を51%以上とする目標を設定した。また、データセンターのような大口消費者が最大2,000MWの再生可能エネルギーを民間発電事業者から直接購入できるパイロットプロジェクトも開始する。
BOIの政策転換
BOIは適格なデータセンタープロジェクトに対し、上限なしで最大8年間の法人所得税免除を提供している。しかし2025年5月19日、重要な政策更新が行われた。
新たな要件として、データセンター投資家は教育機関との連携や地元中小企業の支援など、タイの労働力を育成するための計画を提出しなければならない。この計画は法人所得税免除が適用される前に実施される必要がある。これは単に資本を誘致するだけでなく、知識移転と地域での価値創造を積極的に確保する戦略的転換を示している。
今後の展望とリスク
クルンシィ・リサーチは、タイのデータセンター市場が2025年から2027年にかけて年率7.5%~8.5%で成長すると予測している。ResearchAndMarkets.comは、市場規模が2024年の15億6,000万米ドルから2030年には31億9,000万米ドルに成長する(年平均成長率12.66%)と予測している。
タイはその戦略的立地、強固な電力網、先進的な政府政策により、マレーシア、インドネシア、ベトナムと並んで東南アジアの有望な投資先として浮上している。特に建設コストの優位性(1MWあたり800万~900万米ドル)が、より確立されているが飽和状態にある市場に代わる魅力的な選択肢となっている。
企業が取るべき行動
この投資ブームから恩恵を受けるため、企業は以下の行動を検討すべきだ。
デジタルインフラの活用: 世界クラスのデータセンターインフラが整備されることで、AIやクラウドサービスを活用したビジネス変革の機会が拡大する。
人材育成への投資: BOIが要求する人材育成計画は、企業にとって地元人材のスキルアップに協力する好機となる。デジタル人材の確保と育成が競争優位性の源泉となる。
エネルギー戦略の見直し: 再生可能エネルギーへの移行が加速する中、企業も持続可能なエネルギー戦略を構築する必要がある。
サプライチェーンの最適化: 地政学的リスクの分散とタイの戦略的位置を活用し、サプライチェーンの多様化を図る。
BKK IT Newsは、この投資ブームがタイ経済を高付加価値でイノベーション主導型のモデルへと構造転換させる絶好の機会を提供すると考える。しかし成功の鍵は、エネルギー網と人的資本という2つの複雑な変革を並行して実行する国家の能力にかかっている。データセンターインフラの構築は第一段階に過ぎない。次の課題は、この世界クラスのインフラを活用して高付加価値のデジタルサービスを構築し、輸出できる国内エコシステムを育成することである。
参考記事
Board of Investment sees 139% rise in applications in first half