タイ自動車市場の大転換~BEV61%急成長の陰でICE車17%減、政策と経済要因が生んだ二極化

タイ自動車市場二極化が鮮明に~BEV好調とICE不振、10万人雇用リスクの現実 タイ政治・経済
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タイの自動車市場が歴史的な転換点を迎えている。2025年上半期のデータが示すのは、バッテリー式電気自動車(BEV)が前年同期比61%の驚異的な成長を遂げる一方で、ICE車市場は深刻な不振に陥っているという二極化の現実だ。

市場を分ける明暗の現実

2025年上半期、タイのBEV乗用車販売台数は54,084台に達し、前年同期比61%増という急成長を記録した。同期間のEVシェアは17.7%まで急上昇している。一方で、ICE乗用車の販売は72,512台と前年同期比12%減、ICEピックアップトラックに至っては73,620台で17%減という厳しい結果となった。

市場全体で見ても、2025年上半期の自動車総生産台数は724,715台で前年同期比4.8%減、国内総販売台数も302,694台で1.7%の微減を記録している。これは、市場全体が縮小する中でBEVだけが例外的に成長しているという特異な構造を示している。

経済的圧迫が引き起こした信用収縮

この二極化の背景には、タイ経済の深刻な構造問題がある。最も深刻なのは、GDPの90%を超える家計債務だ。この過剰債務により消費者の購買力が著しく低下し、自動車のような高額商品への支出が困難となっている。

金融機関の対応も市場混乱に拍車をかけた。不良債権の増加を警戒した銀行は、自動車ローンの審査基準を大幅に厳格化した。その結果、ピックアップトラック購入希望者のローン申請の約70%が拒否されるという異常事態が発生している。

中古車市場の価格下落も問題を複雑化させた。BEVとの価格競争や返済不能による差し押さえ車両のオークション流入により、担保価値が目減りし、金融機関の融資姿勢をさらに慎重にさせている。

政府のEV戦略が市場を人為的に創出

市場変化を決定づけたのは、タイ政府の強力なEV推進政策だ。「EV 3.0」および「EV 3.5」インセンティブ・パッケージにより、消費者は1台あたり最大150,000バーツの補助金を受けられる。同時に輸入関税最大40%削減、物品税8%から2%への引き下げなど、BEVの価格競争力を人為的に高める施策を展開した。

さらに政府は、優遇措置を受けてEVを輸入したメーカーに対し、2025年末までに輸入台数と同数以上のEVをタイ国内で生産することを義務付けた。これにより、タイをASEAN地域のEV生産・輸出ハブに転換させる戦略を明確化している。

中国メーカーの戦略的攻勢

政府の政策を最も効果的に活用したのが中国メーカーだ。BYD、Changan、Great Wall Motor、MGなどは、大規模投資を伴ってタイ市場に参入した。BYDは350億バーツを投じてラヨーン県に年産15万台の工場を設立、2024年7月から稼働を開始している。

その結果、2025年6月にはBYDが月間市場シェア11.9%を達成し、業界第2位に躍進した。中国ブランド全体では、タイのEV市場シェアの70%を掌握するに至っている。

日系メーカーの遅れと戦略転換

かつて市場の約90%を占めていた日系メーカーのシェアは、65%程度まで低下している。特にBEV市場では完全に出遅れており、戦略的な対応の遅れが顕著だ。

トヨタは、BEVのコスト競争力確保のため、タイ国内で中国系サプライヤーからの部品調達を開始するという歴史的な戦略転換を決断した。Isuzuは2030年までに2,400億バーツという巨額投資を計画し、「D-MAX」のEV版を欧州向けに輸出予定だ。

サプライチェーンへの深刻な影響

この変革は、タイの自動車産業全体に深刻な影響を与えている。約2,500社の自動車部品メーカーが存在するが、ICE関連部品に特化した約816社が事業存続のリスクに直面している。

労働面でも深刻で、自動車産業の労働者16.3%にあたる10万人以上が失職リスクに晒されている。特に中小企業とその従業員への影響が懸念される。

今後の展望と課題

BKK IT Newsの見解では、この市場二極化は一過性の現象ではなく、タイの産業構造そのものを変える歴史的転換と考えられる。政府の「30@30ビジョン」(2030年までに自動車生産の30%をゼロエミッション車にする目標)実現に向け、変革は加速するだろう。

ただし、成功の鍵は外国技術への過度な依存から脱却できるかにかかっている。単なる組立工場ではなく、研究開発や高付加価値部品生産まで含む統合的なエコシステム構築が、持続的成長の条件となる。

企業にとっては、この変革期をどう乗り越えるかが競争力を左右する。ICE関連企業はEV分野への事業転換の加速が急務だ。一方で、従業員のスキル転換支援や新技術への投資も欠かせない。

タイが「アジアのEV生産ハブ」として新たな地位を確立できるか、それとも単なる低付加価値の組立拠点に留まるかの分かれ道にある今、企業の戦略的判断と政府政策の的確性が試されている。

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