タイ入国政策が大転換 ~ETA中止でTDAC義務化、全外国人が対象の新制度に~

タイ入国政策が大転換 ~ETA中止でTDAC義務化、全外国人が対象の新制度に~ タイ政治・経済
タイ政治・経済デジタルガバナンス

タイ政府が計画していた電子渡航認証(ETA)の導入を正式に中止し、代わりにタイ・デジタル到着カード(TDAC)制度を全面導入した。この政策転換は、単なる技術的な代替ではなく、省庁間の管轄権争いの解決と韓国K-ETAの悪影響回避という戦略的判断によるものだ。

過去の経緯:紙のTM.6廃止からデジタル化へ

タイは2022年から段階的に紙媒体のTM.6フォーム(出入国カード)を廃止してきた。パンデミック後の混雑緩和策として空路入国者への一時免除から始まり、2024年には陸路国境検問所にも拡大された。

この段階的廃止により、恒久的なデジタル代替システムへの移行が不可避となった。当初はETAシステムの導入が2024年12月から予定されていたが、繰り返し延期され、最終的に中止となった。

ETA計画の挫折と省庁対立

ETAは外務省主導で93カ国のビザ免除対象者を事前審査するシステムとして構想されていた。しかし、実際の国境管理を担う内務省傘下の入国管理局との間で、渡航者データと審査権限を巡る管轄権の衝突が発生した。

外務省がビザや外交政策を担当する一方、物理的な国境管理は入国管理局の権限領域だった。ETAシステムの運用には入国管理局のシステムとの深い統合が不可欠だったが、この調整が官僚的・技術的障壁に直面したのだ。

さらに、韓国のK-ETAがタイ人観光客にとって大きな障壁となっている現実が、タイ政府の判断に影響を与えた。経済を観光に依存するタイが、外国人観光客から同様の反発を受けるリスクを避けたかったのである。

TDACへの政策転換:統一デジタル基盤の構築

最終的な解決策は、外務省主導のETAを中止し、入国管理局が主導するTDAC(タイ・デジタル到着カード)を導入することだった。TDACは2025年5月1日から正式運用を開始し、ビザの有無に関わらず全ての外国人に適用される。

ETAとTDACの最大の違いは対象範囲にある。ETAがビザ免除対象者のみを対象とした事前審査システムだったのに対し、TDACは全外国人を対象とした普遍的なデータ収集システムだ。承認・却下の概念もなく、QRコード付きの確認メールを受信するシンプルな仕組みとなっている。

TDACは複数の政府機関のプラットフォームと統合され、統一された渡航者データベースを構築する。入国管理局、領事局、疾病管理局、観光・スポーツ省との連携により、安全保障、公衆衛生、観光管理を統合的に行う基盤的インフラとして機能する。

深刻な副作用:詐欺サイトの横行

TDAC導入の最大の課題は、無料の公式サービスに対して高額な料金を請求する偽ウェブサイトの多数出現だ。これらの詐欺サイトは検索結果で公式サイトより上位に表示されることが多く、外国人にとって馴染みの薄い.go.thドメインの認知不足と相まって深刻な問題となっている。

タイ入国管理局は公式サイト(tdac.immigration.go.th)での無料提供を繰り返し強調し、偽サイトへの警告を発している。また、バックアップサイトの準備や空港への端末設置などの対応も行っている。

今後の展望と企業への影響

TDACが成功すれば、空港での待ち時間短縮と渡航者満足度向上により、タイのスマートツーリズムイメージが強化される。効率的な空港運営は観光成長の重要な原動力となり、具体的な経済効果をもたらす可能性がある。

一方で、システムの技術的不具合や詐欺サイト問題が続けば、タイへの第一印象悪化や信頼失墜のリスクもある。特に2025年の観光業績が中国人観光客減少で伸び悩む中、スムーズな導入は極めて重要だ。

長期的には、TDACは将来的な観光税システムとの統合も計画されており、タイの観光政策全体を支える基盤的インフラとして発展していく見込みだ。

BKK IT Newsとしては、この政策転換は実用主義が官僚的障壁を乗り越えた好例と評価する。ただし、詐欺サイト対策とシステム安定性の確保が成功の鍵を握っている。

参考記事リンク