タイのデジタルノマドビザ、完全オンライン申請が実現 ~世界94カ所でE-Visaシステム開始、企業の人材戦略に新展開~

タイのデジタルノマドビザ、完全オンライン申請が実現 ~世界94カ所でE-Visaシステム開始、企業の人材戦略に新展開~ ノマド
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タイの「Destination Thailand Visa(DTV)」申請が2025年1月1日から完全オンライン化された。世界94カ所のタイ大使館・総領事館でE-Visaシステムが稼働開始し、物理的な大使館訪問が原則不要となった。この変化は企業のリモートワーク戦略と人材確保に大きな影響を与えている。

DTVオンライン化の経緯

DTVは2024年7月15日に正式発効したデジタルノマド向けビザだ。当初から段階的なデジタル化が計画されており、2024年5月の閣議決定で2024年12月までの全世界展開が約束されていた。

タイ政府は20年以上更新されてこなかったビザ規制を見直し、世界的なリモートワーク需要に対応する政策転換を図った。パンデミック後の経済活性化策として、長期滞在外国人の誘致を本格化させた背景がある。

2025年1月1日の完全オンライン化実現により、申請者は居住国から直接DTVを申請できるようになった。これまでのビザラン(短期出入国を繰り返す手法)に依存していたリモートワーカーにとって、合法的な長期滞在手段が確立された。

オンライン申請システムの詳細

E-Visaシステム(thaievisa.go.th)では3つのカテゴリーで申請を受け付けている。

ワーケーションカテゴリーでは、過去3-6ヶ月間で500,000バーツ以上の銀行残高証明と雇用契約書が必要だ。フリーランサーの場合はクライアントとの契約書やポートフォリオを提出する。

ソフトパワー関連活動カテゴリーでは、ムエタイ教室、タイ料理教室、医療サービスなどの6ヶ月以上のプログラム参加が条件となる。財政証明は同額だが、リモートワークの複雑な証明書類が不要なため、実質的に申請しやすい「裏口」として機能している。

扶養家族カテゴリーでは、主申請者の配偶者と20歳未満の子供が対象だ。

審査期間は大使館によって数日から3週間まで大きく異なる。書類の不備や軽微な誤りが却下原因となることが多く、申請者への十分なフィードバックがない問題も指摘されている。

企業への影響と機会

DTVの完全オンライン化は企業の人材戦略に複数の影響をもたらしている。

リモートワーク採用の拡大では、地理的制約が大幅に緩和された。5年間有効、1回の入国で最大360日滞在可能なDTVにより、優秀な海外人材の長期確保が現実的になった。特に日本企業にとって、タイを拠点とした東南アジア戦略の人材配置が容易になった。

コスト削減効果も期待できる。従来の就労ビザ取得に比べ、手続きが簡素化され、企業の人事部門負担が軽減される。申請手数料も10,000バーツと比較的安価だ。

事業継続性の向上では、パンデミックのような突発事象でも人材確保が安定する。リモートワークが可能な職種であれば、地政学的リスクの分散効果も見込める。

入国後の課題と対応策

一方で深刻な課題も存在する。最大の問題は銀行口座開設の困難さだ。

タイの銀行はDTVを「観光ビザ」として分類し、口座開設に消極的な姿勢を示している。違法な他人名義口座取り締まり強化の影響で、非居住者への規制が厳格化されている。

この問題により、長期滞在者は家賃支払いや資金受け取りで現金や高手数料の国際送金に頼らざるを得ない状況だ。QRコード決済の利用も制限される。

企業の対応策として、以下の方法が考えられる。認定機関との提携によるパッケージサービス利用、第三者エージェントを通じた口座開設支援、企業による現地法人口座での給与支払い体制整備などだ。

今後の展望

BKK IT Newsとして、DTVの影響は段階的に拡大すると予測している。

短期的には申請件数の継続的増加が見込まれる。2024年の35,000件を超える申請実績を踏まえ、2025年は5万件以上に達する可能性がある。

中期的には銀行口座問題の解決が重要な課題となる。政府と金融機関の連携により、DTVを有効な長期滞在ビザとして正式承認する体制構築が必要だ。

長期的には東南アジアのデジタルノマドハブ競争が激化する。マレーシアのDE Rantau、インドネシアのE33Gとの差別化が求められる。

企業の戦略的対応

企業にとってDTVは人材戦略の新たな選択肢を提供している。

採用戦略の見直しでは、地理的制約にとらわれない優秀人材の確保が可能になった。特にIT、マーケティング、コンサルティング分野で効果が期待される。

働き方制度の整備として、リモートワーク制度の充実、海外勤務手当の見直し、現地サポート体制の構築が重要だ。

リスク管理体制では、税務上の居住者認定、90日レポート等の法的義務への対応、緊急時の連絡体制整備が求められる。

DTVの完全オンライン化は、タイの長期滞在環境を大幅に改善した。企業は新たな人材戦略の機会として積極的な活用を検討すべきだろう。一方で入国後の課題への事前対応も欠かせない。

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