タイ政府がドローン全面禁止令 ~カンボジア紛争の余波で農業・観光産業に深刻な影響~

タイ政府がドローン全面禁止令 ~カンボジア紛争の余波で農業・観光産業に深刻な影響~ タイ政治・経済
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タイ民間航空局(CAAT)が7月30日に発令した全国的なドローン飛行禁止令が、各産業に深刻な影響を与えている。カンボジアとの国境紛争を受けた緊急措置として、商業用・農業用・娯楽用すべてのドローンが8月15日まで飛行禁止となった。Thailand 4.0戦略の中核技術であるスマート農業から観光プロモーションまで、経済活動の広範囲にわたって支障が生じている。

100年続く領土問題の再燃

タイ・カンボジア間の紛争は1904年のフランス植民地時代の国境画定にまで遡る。プリアヴィヒア寺院周辺の領有権を巡る対立は、1962年の国際司法裁判所(ICJ)判決でカンボジア領と認定されたものの、周辺4.6平方キロメートルの帰属は曖昧なままだった。

2025年7月24日、この長年の対立が軍事衝突に発展した。過去10年以上で最も激しい戦闘により数十名の死傷者が発生し、30万人以上の住民が避難を余儀なくされた。双方がドローンを偵察や攻撃に使用したことが、今回の禁止令発令の直接的要因となった。

7月28日にマレーシアの仲介により停戦合意が成立したが、タイ政府は安全保障上の脅威を重視し、ドローン規制を継続している。

24時間で政策が全国拡大

ドローン禁止令は段階的に拡大された。7月29日には国境周辺14県限定の禁止令が発令されたが、わずか24時間後の7月30日に全国一律の全面禁止へと政策転換された。

禁止対象はタイ全土のすべての無人航空機で、商業用、農業用、娯楽用の区別なく一律に適用される。例外として認められるのは権限を与えられた治安機関のみで、違反者には最大1年の禁錮、最大4万バーツの罰金が科される。

さらに軍関係者には、国家安全保障への脅威と見なされるドローンを破壊する特別権限も付与された。

農業セクターへの深刻な打撃

最も深刻な影響を受けているのが農業分野だ。Thailand 4.0構想の中核技術であるスマート農業では、ドローンによる農薬散布や作物監視が急速に普及していた。

ドローン散布サービス事業者は1日6,000-10,000バーツの収入を失っており、農繁期と重なったタイミングでの禁止令は農家にとって致命的だ。政府のワントンボン・ワンデジタル(OTOD)プロジェクトで創出された200億バーツの経済価値にも影響が及んでいる。

コメ、トウモロコシ、サトウキビなどの主要作物の生産効率低下は避けられず、タイ農業の国際競争力にも長期的な影響を与える可能性がある。

観光・メディア産業も直撃

観光産業では、空撮による美しい映像を活用したプロモーション活動が全面停止している。タイの観光促進において重要な役割を果たしてきた空撮コンテンツの制作ができず、国際的な観光誘致活動に支障が生じている。

メディア関係者も報道活動に制限を受けており、ドローンを活用した取材やコンテンツ制作が困難になっている。

今後の展望と企業対応

8月15日までの禁止期間終了後も、延長される可能性は高い。政府は「追って通知があるまで」との表現を使用しており、安全保障上の懸念が解消されるまで規制が継続される見通しだ。

BKK IT Newsは、この禁止令がタイ政府の明確な政策序列を示すものと分析している。国家安全保障上の要請が長期的な経済発展目標に優先するという判断基準が確立され、今後の技術政策にも影響を与える可能性がある。

企業が取るべき対策

ドローンを業務で活用している企業は、代替手段の検討が急務だ。農業分野では人力散布への一時的回帰、観光業界では地上撮影機材の活用強化などが考えられる。

また、将来のドローン配送や空飛ぶクルマ事業を計画している企業は、規制リスクを踏まえた事業計画の見直しが必要になる。デュアルユース技術への投資には、安全保障上の制約が伴うリスクを十分に考慮すべきだ。

タイの空域主権が「公共財」から「国家安全保障領域」へと再定義される中、企業は新たな規制環境に適応する戦略の構築が求められている。

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