タイのデータセンター市場に関する驚異的な数字が注目を集めている。一部で報じられている年平均成長率(CAGR)44.81%という数値の真偽を検証した結果、この数字は市場の一側面を切り取ったものであり、全体像はより複雑であることが明らかになった。企業にとって重要なのは、この成長の背景にある要因と、それがもたらすビジネス機会を正確に理解することである。
成長予測の真相とは
44.81%という驚異的な成長率は、市場調査会社Ariztonが算出した「コロケーション収益」に特化した予測値である。これは2024年の1億7500万ドルから2030年の16億1000万ドルへの成長を表している。しかし、この数値は市場全体の「総投資額」とは異なる指標である点に注意が必要だ。
コロケーション収益とは、データセンター事業者が顧客に提供するスペース、電力、冷却サービスから得られる運営収入を指す。2024年時点では比較的小規模な市場からの急激な収益化を反映したものであり、基盤となる投資額の成長とは性質が異なる。
複数の調査機関のデータを総合すると、市場の総投資額は2024年から2030年にかけて、より現実的な12%から19%のCAGRで成長すると予測される。これらの数値は、タイ市場が健全かつ持続可能な成長軌道にあることを示している。
ハイパースケーラーの投資ラッシュ
市場成長の最大の起爆剤となっているのが、グローバルなクラウドサービスプロバイダーによる大規模投資である。Amazon Web Services(AWS)は2025年1月にバンコクのタイランドリージョンを開設完了し、15年間で50億ドルの投資計画を実行中である。Googleは10億ドルを投じてバンコクとチョンブリーに新クラウドリージョンと自社建設データセンターを設立する。Microsoftもタイ初のリージョナルデータセンター開設を計画している。
これらの投資には地政学的背景がある。従来の東南アジアデータセンターハブであったシンガポールが、2019年にデータセンターの新規建設を一時停止したモラトリアム措置を導入したことで、地域の旺盛な需要が近隣諸国へと波及している。タイは安定した電力供給、安価な土地・建設コスト、米中両国にとって魅力的な地政学的中立性という独自の強みで競争に参入している。
AI需要とエネルギー課題
市場を形成する最も重要なトレンドは、AI対応データセンターへの需要である。生成AIワークロードは従来の数倍から数十倍の電力を消費するGPUを大量に必要とする。これに対応するため、1ラックあたり30-50kWを超える高密度電力供給と高度な液体冷却システムが不可欠となっている。
データセンターは膨大な電力を消費する「電力の大食漢」である。AIサーバーは従来サーバーの2-3倍の電力を消費し、熱帯気候のタイでは総電力消費の最大40%が冷却システムに使われる。タイのデータセンター部門の電力需要は、2024年の2.4TWhから2030年には6.0TWhへと急増すると予測されている。
グローバルハイパースケーラーは自社オペレーションを100%再生可能エネルギーで賄うことを公約しており、グリーン電力への道筋を示せない地域には投資を行わない。タイ政府は2037年までに再生可能エネルギー比率50%、2050年カーボンニュートラル達成を目標に掲げているが、現在の直接電力購入契約(PPA)試験導入枠2,000MWは投資規模に対し不十分との指摘もある。
市場プレイヤーと戦略的提携
タイ最大手のTrue IDCは、国内最大のコングロマリットCPグループ傘下でAI対応プロバイダーへの転換を進めている。シンガポールを拠点とするSTT GDCはバンコクにハイパースケール対応キャンパスを構える地域大手である。
新規参入勢力としては、世界最大手のEquinix、中国系のGDS Services、インド大手のCtrlS Datacenters、Evolution Data Centres、ドバイ拠点のEdgnex Data Centers by DAMACなどが市場競争を活性化させている。
特筆すべきは、通信・エネルギー・テクノロジー企業の戦略的提携である。Gulf Energy、Singtel、AISの3社によるGSAデータセンター合弁事業や、Digital EdgeとB.Grimm Powerの提携による100MW規模キャンパス計画など、垂直統合的な競争優位性を築く動きが活発化している。
企業への戦略的示唆
BKK IT Newsとしては、タイのデータセンター市場は単なる一過性のブームではなく、国のデジタル経済の根幹をなす戦略的転換点にあると見ている。総投資額ベースで年平均12-19%の持続可能な成長が続く一方、新設ハイパースケール施設の本格稼働により、コロケーション収益はそれを上回るペースで成長する可能性が高い。
最大のビジネスチャンスは、コロケーションサービスそのものではなく、それを支えるエコシステムに存在する。再生可能エネルギー開発(太陽光、風力)、エネルギー貯蔵ソリューション、液体冷却技術、AIインフラ管理ソフトウェアなどの分野は高い成長が見込まれる。
地元企業とのパートナーシップ構築が成功の鍵となる。大規模プロジェクトでは、地元のエネルギー企業や通信事業者が電力確保、許認可取得、国内市場アクセスにおいて他にはない強みを持っている。
企業は短期的な成長数値に惑わされることなく、持続可能な成長基盤を見極めた戦略的判断を行うべきである。44.81%という華々しい数字の背景にある実態を理解し、自社のビジネス戦略に活かすことが求められる。