世界のクラウドコンピューティング市場が2025年に4,000億米ドルを超える規模に拡大し、生成AI需要の爆発的増加により再び急成長期に突入している。この巨大市場を主導するAWS、Microsoft Azure、Google Cloudの「ビッグ3」による投資競争が激化する中、タイは東南アジアのクラウドハブとしての地位確立を狙っている。デジタル人材不足という課題を抱えながらも、戦略的な政策により各社から数十億ドル規模の投資を呼び込むことに成功したタイの現状と今後の展望を分析する。
ビッグ3による市場寡占の実態
クラウドインフラ市場は、Amazon Web Services(AWS)、Microsoft Azure、Google Cloudの3社による寡占体制が一層強固なものとなっている。2025年第2四半期時点で、この「ビッグ3」は世界市場の63~68%を支配している。
AWSは依然として市場シェア約30~32%を維持する首位に立つ。年間売上高は1,240億米ドル規模に達すると予測されているが、成長率は前年同期比約17%と競合他社に比べて鈍化している。
Microsoft Azureは市場シェア約20~23%で確固たる第2位を築いている。注目すべきはその成長率で、前年同期比約26~33%という高い数値を記録している。この成長の原動力は、OpenAIとの戦略的提携を核とするAI戦略の成功にある。
Google Cloudは市場シェア約13%と3番手ながら、前年同期比約31~32%という驚異的な成長率を達成している。AI、機械学習、データ分析という同社の強みに徹底的に焦点を当てた戦略が、生成AIブームの到来によって大きな成果を上げている。
生成AI需要がもたらす市場変化
2022年末のChatGPT登場は、クラウド市場の成長軌道を根本から変える転換点となった。それまで緩やかな成熟期に入りつつあった市場は、生成AIの普及により再び急成長期へ突入した。
生成AIに特化したクラウドサービスの成長率は前年同期比140~180%という驚異的な数値を記録している。2023年以降、クラウド市場の収益成長の50%以上がAI関連のワークロードによるものと分析されている。
この需要急増に対応するため、各社は前例のない規模の設備投資を計画している。2025年に計画されている投資額は、AWSが1,000億米ドル、Microsoftが800億米ドル、Googleが750億米ドルという国家予算に匹敵する巨額である。
これらの投資の大部分は、AIワークロードに特化した新しいデータセンター建設とNVIDIA社製GPU大量調達に充てられる。このような莫大な投資規模により、ビッグ3以外の企業が同等のインフラを構築することは事実上不可能となり、寡占体制はさらに強固なものとなっている。
タイの戦略的ポジショニング
タイ政府は「タイランド4.0」国家戦略のもと、東南アジアにおける主要なデジタルハブとしての地位確立を目指している。「クラウドファースト」政策の導入により、政府機関や公共部門のクラウド利用を強力に促進している。
この明確なビジョンと戦略的政策により、世界のハイパースケーラーから大規模投資を呼び込むことに成功した。具体的な投資計画は以下の通りである。
AWSは総額50億米ドルの投資計画を発表し、2025年初頭に「アジアパシフィック(バンコク)リージョン」を開設した。この投資はタイのGDPに100億米ドル以上の貢献をし、11,000人以上の雇用創出が予測されている。
Googleは「クラウドファースト」政策に呼応し、データセンター施設建設のために10億米ドルの投資を約束した。Microsoftもタイで初となるクラウドリージョンの開設を発表している。
これらの投資により、タイは東南アジアにおいてマレーシアのジョホールに次ぐ第2位のITキャパシティを持つデータセンターハブとして急速に台頭している。
投資委員会の魅力的な優遇措置
タイへの大規模デジタル投資流入の背景には、タイ投資委員会(BOI)が提供する極めて魅力的な優遇措置パッケージがある。主な内容として、適格なデータセンタープロジェクトに対する最大8年間の法人所得税免除、データホスティング関連収入へのVAT免除、機械設備の輸入関税免除、100%外資所有の許可などが挙げられる。
これらの積極的政策により、BOIはこれまでに37件のデータセンターおよびクラウド関連プロジェクトを承認し、投資総額は986億バーツ(約28億米ドル)以上に達している。
深刻な人材不足という課題
タイのデジタル戦略実現における最大の脅威は「デジタルスキルギャップ」である。最先端のデータセンターが急速に整備される一方で、それを活用するための人的資本育成が追いついていない。
タイ政府とHuaweiの共同調査によると、2030年までにAI開発、クラウドアーキテクチャ、サイバーセキュリティといった専門分野で50万人のデジタル人材が不足すると予測されている。この危機を受け、政府は今後2年間でAIユーザー1,000万人、AI専門家9万人、AI開発者5万人育成という大規模な人材開発計画を発表した。
既に多くの具体的な取り組みが始まっている。AWSは「Skills to Jobs Tech Alliance」をタイで開始し、Huaweiは「20,000 Developers」プログラムを展開している。Alibaba Cloudもタイの大学と提携し、トレーニングプログラムを通じて人材育成に貢献している。
今後の展望
BKK IT Newsとして、今後2~3年間の戦略的選択がタイの将来の立ち位置を決定づけると予測している。教育制度改革、イノベーションエコシステム育成、データガバナンス強化に国全体で取り組むことで、ASEANにおける真のデジタルリーダーとしての地位を確立できる可能性がある。
しかし、人材不足問題を解決できなければ、単に外国企業が所有するデジタルインフラの「大家」に留まるリスクも存在する。
企業への示唆
クラウド市場の急成長とビッグ3による投資拡大は、企業にとって重要な戦略的機会を提供している。タイを拠点とする企業は、世界水準のクラウドインフラを活用してデジタル変革を加速させることが可能になる。
一方で、デジタル人材確保は今後ますます困難になることが予想される。企業は人材投資とスキル開発により積極的に取り組む必要がある。マルチクラウド戦略よりも、特定の信頼できるクラウドプロバイダーのエコシステム内での統合活用を検討することも重要な選択肢の一つとなる。
参考記事リンク
- Chart: The Big Three Stay Ahead in Ever-Growing Cloud Market | Statista
- Q2 Cloud Market Nears $100 Billion Milestone – and it’s Still Growing by 25% Year over Year
- Thailand’s Vision for AI-Driven Economic and Social Growth – OpenGov Asia
- Bangkok Emerges as SE Asia’s New Data Centre Powerhouse | Construction Digital
- BOI Incentives Boost Data Centers in Thailand for Investors – Lex Nova Partners