タイ・カンボジア国境危機にNTが即応 ~緊急時通信支援で浮き彫りになるデジタルインフラの戦略的価値~

タイ・カンボジア国境危機にNTが即応 ~緊急時通信支援で浮き彫りになるデジタルインフラの戦略的価値~ IT
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2025年7月25日、タイの国営通信会社NT(National Telecommunications Public Company Limited)は、タイ・カンボジア国境紛争の影響を受ける地域に対し、インターネットおよびWi-Fi通信システムの支援を表明した。昨日発生した大規模な軍事衝突により10万人以上が避難する中、国営通信企業が果たした迅速な対応は、危機時におけるデジタルインフラの戦略的価値を改めて浮き彫りにしている。

国営通信企業NTの組織的背景

NTは2021年1月、旧TOT Public Company LimitedとCAT Telecom Public Company Limitedの合併により設立された100%国営企業だ。財務省が全株式を保有し、デジタル経済社会省(MDES)の監督下で運営されている。

同社の事業範囲は固定電話、移動体通信、国際電気通信インフラまで幅広く、国際ゲートウェイ、衛星通信機能、海底ケーブルネットワークなど国家の通信インフラの根幹を担っている。ハードインフラ(地下ケーブルダクト、通信ポール)からクラウドサービス、サイバーセキュリティ(Cyfence)まで包括的に管理し、タイの「デジタル政府」構想を技術面で支える重要な役割を果たしている。

NTのビジョンは「持続可能なビジネスのために、国の通信とデジタルを推進し、向上させる主要組織」となることで、中核的価値観「I AM NT」(革新、敏捷性、勢い、国家志向、信頼)の中でも特に「国家志向」を重視している。この価値観は、電気通信とデジタル化を通じて国家開発を推進することに明確に焦点を当てたものだ。

国境紛争における通信インフラへの深刻な影響

昨日の軍事衝突により、通信インフラは深刻な被害を受けた。タイからカンボジアへの2つの高速ブロードバンドケーブルルート(アランヤプラテート国境からの1つとコークートからの1つ)が切断され、NT顧客のインターネット利用に深刻な不安定と混乱をもたらした。

さらに深刻なのは、両国が通信サービスを意図的に武器として使用したことだ。カンボジアはタイのインターネットサービスを含む幅広いタイ製品の輸入を明確に禁止し、タイもカンボジア当局が利用するインターネットサービスを停止した。ポイペト国境付近では電話・インターネット回線が物理的に切断され、国家放送通信委員会(NBTC)はカンボジア側からのインターネット信号の混乱を報告している。

このような状況下で、NBTCはタイ・カンボジア国境地域のモバイルキャリアに信号を正常化し、軍事通信を特別に支援するよう指示を出した。通信インフラが単なる副次的な被害ではなく、地政学的紛争において積極的に武器化される現実が明らかになった。

NTの多面的な危機対応

NTは今回の国境紛争において、民間人と軍事の両面で包括的な支援を提供している。同社は国境地域の仮設避難所、避難センター、仮設病院への通信確保を約束し、救援活動と公共の安全を促進している。

具体的には、ウボンラチャタニ県のチョンボク国境での軍事任務を積極的に支援し、任務中の兵士の通信能力を向上させるためにインターネットおよび電話サービスを提供した。これは民間人への人道支援と軍事作戦への直接的な支援を同時に行う、紛争地域における電気通信インフラの本来的な二重用途の性質を示している。

NTの運用能力の高さは、過去の災害救援活動からも実証されている。洪水救援では8,000袋以上の「NTパワーオブカインドネス」救援物資を全国の被災者に配布し、C-MEX25津波シナリオ演習では積極的に参加してインターネットシステムとデジタル無線通信で支援を提供した。

特に注目すべきは、災害予防・軽減局(DDPM)と協力して開発したセルブロードキャストシステムだ。テストでは4G/5Gモバイルフォンには1~3秒以内に、旧式の2G/3GフォンにはSMSで10分以内に警報が届く性能を実証している。大規模な避難を管理し、動的な紛争地域でタイムリーな情報を提供する上で、この技術は極めて重要な役割を果たしている。

国家安全保障戦略との深い連携

NTの今回の対応は、タイの包括的な国家安全保障戦略の一環として位置づけられる。タイの国家サイバーセキュリティ戦略(2017-2021年、延長・更新済み)は、サイバー脅威に対処し、通信システムを含む国家インフラのセキュリティと回復力を確保するための包括的な枠組みを確立している。

2019年のサイバーセキュリティ法では、NTのような電気通信会社が重要情報インフラ事業者(CIIOs)として指定され、ベースラインのサイバーセキュリティ保護措置を導入することが義務付けられている。これにより、NTの危機通信における役割は単なる企業の社会的責任ではなく、国家安全保障機構の義務的かつ不可欠な部分となっている。

タイの国家安全保障政策および計画(2019-2022年、2023-2027年)は、情報技術とサイバーセキュリティの強化を中核的な政策目標として明確に含んでいる。より広範な「デジタルタイランド」戦略は、国全体の高性能デジタルインフラの開発を目指しており、デジタル開発と国家安全保障を統合したアプローチを取っている。

BKK IT Newsとしての今後予想

今回のNTの対応は、タイの野心的な国家デジタル変革アジェンダと地域デジタルハブとしての願望を直接支援している。タイのデジタル経済はASEAN地域で2番目に大きく、ほぼ普遍的なモバイルインターネットカバレッジと高度なデジタル公共インフラを特徴としている。

デジタル変革は競争力を高め、雇用を創出し、世界的な不確実性の中で長期的な経済成長を推進するための主要な触媒として認識されている。タイは国境を越えたデジタル決済や貿易プラットフォームなどのイニシアチブを通じて、地域経済およびデジタルハブとしての地位を確立するという野心を抱いている。

危機地域での通信安定性の確保は、タイの長期的な経済的および戦略的なデジタル目標を達成するための実践的かつ不可欠な構成要素であり、デジタル回復力を国家安全保障上の懸念事項に引き上げている。

企業が今取るべき対応

今回の事態から、企業は通信インフラの脆弱性とバックアップ体制の重要性を再認識する必要がある。特に国境地域で事業を展開する企業は、物理的な通信インフラの切断や意図的なサービス停止に備えた冗長性の確保が急務だ。

サプライチェーンの多様化においても、通信の安定性を重要な評価基準として考慮すべきである。単一の通信事業者や通信ルートに依存するリスクを軽減し、複数の接続オプションを確保することが重要だ。

危機管理計画においては、通信途絶時の代替連絡手段や情報共有方法を明確に定義し、従業員の安全確保と事業継続のための準備を整える必要がある。特に避難が必要な状況では、迅速で正確な情報伝達が生命に関わる重要な要素となる。

長期的には、企業のデジタル戦略において通信インフラの回復力を組み込み、地政学的リスクを考慮した投資判断を行うことが求められる。今回の事例は、デジタルインフラが単なる業務効率化のツールではなく、事業継続と従業員の安全に直結する戦略的資産であることを明確に示している。

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