表向きの好調と水面下の危機
タイ商業開発局(DBD)が8月に発表したデータが、タイ経済の複雑な実態を浮き彫りにしている。2025年上半期の外国直接投資(FDI)は前年比30%増の1,115億バーツと好調を維持する一方で、同期間に事業閉鎖に追い込まれた国内企業は6,244社に達した。この数字は前年同期比わずか3.39%増だが、閉鎖企業の登録資本金総額は305億バーツと前年比60.20%の大幅減少を記録した。
この現象は、タイ経済が「K字型回復」と呼ばれる深刻な二極化に陥っていることを示している。外資系企業や輸出関連の大企業が成長軌道を描く一方で、国内市場に依存する中小企業が淘汰されている現実がある。特に注目すべきは、閉鎖企業の平均資本金が著しく低下していることで、これは経済基盤を支える中小零細企業の大量脱落を意味している。
浮き彫りになる構造的格差
今回の事業閉鎖の増加は単なる景気循環ではなく、より深刻な構造問題を反映している。新規事業登録数は43,838社で前年比5.49%減少したにも関わらず、その資本金総額は1,491億バーツと2.80%増加した。これは「少数精鋭化」が進んでいることを意味し、資本力のある企業のみが新規参入を果たす一方で、小規模起業は参入障壁の上昇に直面している。
地理的にも投資格差は顕著だ。外国投資の56%にあたる628億バーツが東部経済回廊(EEC)に集中し、158社の外資系企業を誘致している。日本企業は99社で430億バーツを投資し最大の投資国となっている。特に注目されるのは、データセンター投資が牽引、2025年上半期1兆600億バーツでタイ投資が過去最高を記録で詳しく分析したように、AWS・Google・Microsoftなど世界的ハイパースケーラーによる大規模データセンター投資だ。しかし、これらの投資恩恵は国内経済全体に波及していない。
セクター別では建設業(547社)と不動産業(316社)の閉鎖が突出している。高水準の家計債務により住宅ローン承認率が50%を下回る状況で、国内需要型産業は深刻な苦境に陥っている。
隠された労働市場の実態
タイの公式失業率は0.88%と低水準を維持しているが、この数字の裏には深刻な問題が潜んでいる。国家経済社会開発評議会(NESDC)によると、「潜在的失業者」は430万人を超え、前年比14.6%も急増している。これは公式失業者数の10倍以上の規模だ。
安定した正規雇用から不安定な非正規・低所得雇用への大規模な労働移動が起きており、質の高い雇用の喪失が家計債務問題の根本原因となっている。IMFも指摘するように、タイ労働者の半数以上が雇用の安定や社会保障を欠くインフォーマルセクターに属している現状がある。
金融システムへの波及
企業と家計の財務悪化は金融システムにも深刻な影響を与えている。2025年第1四半期の銀行システム全体の不良債権(NPL)比率は2.90%に上昇し、主に中小企業向け融資と住宅ローンで増加している。
この信用リスクの高まりを受け、金融機関は融資審査を厳格化している。これが「信用収縮」を引き起こし、2025年6月の民間信用供与は前年比マイナス成長を記録した。カシコンリサーチセンターは2025年通年の銀行融資成長率を-0.6%の縮小と予測している。
政策対応の限界
タイ政府は1,570億バーツ規模の経済刺激策を実施しているが、その効果は限定的だ。100億バーツの競争力強化基金や債務再編支援プログラム「Khun Soo, Rao Chuay」などを展開しているものの、民間セクターからの評価は芳しくない。
多くの中小企業経営者は担保不足により依然として融資アクセスが困難だと指摘している。また、債務返済猶予は一時的な延命措置に過ぎず、新たな収益源創出には結びついていない。世界銀行も、政府支援策が研究開発資金調達や人材育成、規制改革といった競争力向上の本質的課題に対処できていないと批判している。
今後の見通しと企業への提言
世界銀行とIMFはタイの2025年GDP成長率を1.8%と予測し、政府見通しの2.2%を下回る。カシコンリサーチセンターはさらに低い1.4-1.8%を予想し、2025年後半のテクニカルリセッション入りリスクを警告している。
最大の懸念は、タイが「生産国」から単なる「中継国」へ転換するリスクだ。米国関税を回避するための中国製品の迂回拠点になれば、国内の付加価値創出と質の高い雇用が失われる可能性がある。
BKK IT Newsとしては、この状況下で企業が取るべき選択肢として以下を挙げたい。まず国内需要の回復を待つより、輸出市場への転換や外資との提携強化を検討すること。次に、デジタル化投資により生産性向上を図り、中国製品との価格競争からの脱却を目指すこと。最後に、金融機関との関係強化により信用収縮の影響を最小限に抑えることだ。
現在のK字型回復は一過性の現象ではなく、タイ経済の構造転換を伴う長期的トレンドと捉えるべきだろう。企業にとっては厳しい局面だが、この変化に適応した企業こそが次の成長段階で競争優位を獲得する機会でもある。
参考記事リンク
- Economic downturn leads to 6,244 business closures in H1 2025
- World Bank cuts Thailand’s 2025 GDP growth forecast to 1.8%
- Thailand Can Ease Household Debt Burden by Using Coordinated Approach – IMF
- Banking Sector Quarterly Brief (Q1 2025) – Bank of Thailand
- Thailand Economic Monitor February 2025: Unleashing Growth – Innovation, SMEs and Startups – World Bank