タイ製造業に70%現地雇用義務化 ~BOI新規定で外国人駐在員コスト急騰、現地化加速へ~

タイ製造業に70%現地雇用義務化 ~BOI新規定で外国人駐在員コスト急騰、現地化加速へ~ タイ政治・経済
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タイ投資委員会(BOI)が2025年6月5日に発表した新たな外国人雇用規定が、日系企業をはじめとする製造業に大きな変革を迫っている。経営幹部職の最低給与を月額15万バーツに設定し、大規模製造業にはタイ人70%の雇用比率を義務化する内容だ。これまでの外国人依存型経営モデルからの脱却が、コスト面からも構造的に避けられない状況となった。

新規定の核心は「現地化の強制」

告示Por. 8/2568の最大の特徴は、職位ごとに明確な給与下限を設定した点にある。Executive(経営幹部)職は月額15万バーツ以上、Management(管理職)職は7万5000バーツ以上(関連学位保有者は5万バーツ)、Operation(専門職)職は5万バーツ以上と階層化された。

特に注目すべきは、従業員100人を超える製造業企業に対するタイ人70%雇用比率の義務化だ。この規定は製造業に限定されており、サービス業は対象外となっている。タイ政府の意図は明確だ。最も雇用創出効果の高い製造業から現地化を徹底し、外国人への依存構造を根本から変革しようとしている。

バンコク首都圏の民間セクター平均賃金が月額2万~2万3000バーツであることを考えると、Executive職の15万バーツは約7倍の水準に設定されている。これは企業に対し「外国人を雇用するなら、その対価に見合う代替不可能な価値を証明せよ」という強いメッセージである。

過去の経緯:段階的に強化されてきた規制

今回の規制強化は突然現れたものではない。タイは1960年代から日系企業をはじめとする外国直接投資を積極的に誘致してきたが、近年は投資の「質」を重視する方向へと政策を転換している。

2024年には事業移転促進策やLTRビザ制度など、高度人材や統括機能の誘致に特化した政策を相次いで導入した。これらの施策に共通するのは、単なる生産拠点ではなく、より高付加価値な機能をタイに根付かせるという戦略である。

この文脈で見ると、今回の規制は「人材セグメンテーション戦略」の一環と理解できる。代替不可能なトップレベル人材にはLTRビザで厚遇する一方、現地化が可能とみなされる中間管理職層には高いコストを課すことで、企業の行動変容を促している。

企業への深刻な影響と対応の現実

新規定の適用は2段階で実施される。2025年6月5日以降のBOI証書発行プロジェクトは2025年10月1日から、既存プロジェクトは2026年1月1日からの適用となる。一見すると猶予期間があるように見えるが、上級管理職の現地化には通常12~24ヶ月を要するため、対応準備は今すぐ開始する必要がある。

人件費への影響は甚大だ。日系製造業の多くが採用してきた本社連携重視の駐在員モデルでは、複数の管理職・技術職に日本人を配置することが一般的であった。これらのポジションすべてが新基準に適合するには、年間数千万円から数億円の追加人件費が発生する計算になる。

さらに深刻なのは、求められるスキルを持つタイ人候補者の確保が困難な点だ。タイの深刻なスキルギャップ問題により、即戦力となる管理職クラスの現地人材は極めて限定的である。結果として、企業は高額な外国人雇用を継続するか、時間をかけて現地人材を育成するかの困難な選択を迫られている。

今後の予想:現地化か撤退かの二極化

BKK IT Newsの見解として、この政策は短期的には企業に大きな負担をもたらすが、中長期的にはタイの産業競争力向上につながる可能性が高い。政府は「中所得国の罠」からの脱却を最優先課題に掲げており、外国人材への依存減少は避けて通れない道筋である。

ただし、競合国との比較では課題も見える。ベトナムの外国人給与下限は約18,600バーツ相当と低く、マレーシアも38,200~76,400バーツの範囲にとどまる。タイは自国のインフラや生活環境の優位性が新たなコスト負担を上回ると賭けているが、製造業の一部は近隣国への移転を検討する可能性もある。

一方で、適切に現地化を推進した企業は長期的な競争優位を獲得するだろう。現地人材の深い市場理解と低コスト構造により、持続的な成長基盤を構築できるからだ。

企業が取るべき対応策

まず着手すべきは自社の労働力構成の詳細な監査である。BOI奨励下の全外国人従業員について、職位、給与、適用期限を整理し、リスクレベルを評価する必要がある。

中長期的には人材育成への投資が不可欠だ。質の高い社内研修プログラムの確立、タイ人従業員のキャリアパス明確化、大学・職業訓練校との戦略的パートナーシップ構築などが求められる。

駐在員の役割も再定義が必要だ。各ポジションの必要性を根本から問い直し、代替不可能な中核機能(特定技術の移転、本社連携など)に限定して配置する。そして残る駐在員のKPIには「知識・技術移転の達成度」を明確に組み込むべきである。

また、規制強化が今後も続く可能性を想定したシナリオプランニングも重要だ。変化に強い現地化された事業モデルの構築こそが、タイ事業の持続的成長を支える基盤となる。

この規制変更は、単なる法令遵守の問題を超えた戦略的転換点である。企業経営陣は「適応か撤退か」の重要な判断を迫られている。現地化を積極的に推進する企業こそが、新たなタイ市場で勝ち残ることができるだろう。

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