2026年タイ2G/3G完全停止計画 ~Thailand 4.0推進でIoT・M2M機器の大規模移行が急務~

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タイ国家放送通信委員会(NBTC)が2026年第3四半期までに2G/3Gサービスの完全停止を決定した。表向きは詐欺対策が理由だが、真の目的はThailand 4.0戦略に不可欠な5G基盤整備にある。影響を受ける300万ユーザーと膨大なIoT機器の移行が、タイ企業にとって避けられない課題となっている。

6年越しの計画がついに始動

今回の決定は突発的なものではない。2018年から通信事業者が要請を続け、2019年には一度計画が発表された。しかし当時は300万人の残存ユーザーと企業システムへの影響を懸念し、計画は頓挫していた。

NBTCは今回、段階的かつ強制力のあるアプローチを採用した。2025年6月30日から2G/3G専用端末の輸入・型式承認・認証を停止し、新規流入を完全に遮断する。その上で、アドバンスト・インフォ・サービス(AIS)とトゥルー・コーポレーション(True)に具体的な移行計画の提出を義務付けた。

公式理由と真の狙い

NBTCが公式に掲げる理由は「偽基地局による詐欺対策」だ。2G/3Gネットワークは現代の4G/5Gが備える高度な認証・暗号化機能を欠き、犯罪者が偽基地局を使って不正なSMSを送信する脆弱性がある。

しかし、この理由には限界がある。NBTC事務局長代行自身が「ネットワークを閉鎖しても偽基地局の問題を完全には解決できない」と認めているからだ。真の目的は周波数の再配分(リファーミング)にある。

2G/3Gが占有する低周波数帯(850MHz、900MHz帯)は「ゴールデンスペクトラム」と呼ばれる貴重な資源だ。5Gは同じ周波数幅で何倍ものデータを伝送できる高効率技術であり、この周波数を5Gに再配分することで、Thailand 4.0戦略の中核となる東部経済回廊(EEC)やASEANのAIハブ構想を支える通信基盤が完成する。

最大の課題は産業用IoT機器の移行

今回の移行で最も深刻な影響を受けるのは、消費者ではなく産業界だ。金融機関のATMやPOS端末、物流業界のGPS追跡装置、公共事業のスマートメーターなど、膨大な数のIoT・M2M機器が2G/3Gネットワークに依存している。

これらの機器は一般の携帯電話と異なり、物理的なアクセスが困難で、ライフサイクルも長い。アップグレードには技術者の現地派遣(トラックロール)が必要で、多大な資本投資と業務のダウンタイムを伴う。シンガポールでは3G停止により物流・公共交通機関で深刻な混乱が生じており、タイも同様のリスクに直面している。

通信事業者の戦略転換

AISとTrueにとって、サービス停止は短期的なコスト負担を伴う一方、長期的には大きな利益をもたらす。旧世代ネットワークの運用停止により電力料金、保守費用、基地局賃料などの運用コストが大幅に削減される。エリクソン社の分析では、欧州の事業者が2G停止だけで5年間に約5,300万ユーロのコスト削減を見込めるという。

さらに重要なのは、解放された周波数で提供する5Gサービスによる新たな収益機会だ。両社は移行顧客に魅力的な5Gプランを提案し、加入者一人当たりの平均収入(ARPU)向上を狙っている。

近隣諸国の教訓

マレーシアは2021年末に3Gを先に停止し、IoT機器への配慮から2Gを当面維持する戦略を採った。これにより産業界への急激な影響を緩和しつつ、4Gの通信速度向上を実現した。

一方、シンガポールは2017年に2Gを廃止済みで、2025年7月に3G停止を予定している。物流・スマートメーター・公共交通機関での混乱が報告されており、企業にとって高コストで複雑な移行プロジェクトとなっている。

タイが採用した「2Gを先に停止する」方針は、マレーシアとは対照的だ。この違いが産業界にどのような影響をもたらすか注視が必要である。

企業が取るべき対応策

タイ企業は今すぐ行動を起こす必要がある。まず、自社の事業運営で2G/3G接続に依存する全デバイスの緊急監査が不可欠だ。ATM、POS端末、GPS追跡装置、遠隔監視センサーなど、見落としがちな機器も含めた包括的なインベントリ作成が求められる。

次に、単純な同等品への置き換えではなく、将来性のある技術への移行を検討すべきだ。LTE-M(車両などの移動体向け)やNB-IoT(メーターなどの静的資産向け)といった最新のIoTネットワーク技術は、より低消費電力で長期運用を前提に設計されている。

移行費用は多額になるが、2026年のサービス停止による事業運営の麻痺を避けるため、今から設備投資として予算化し、計画的に進めることが重要だ。

Thailand 4.0実現への必要な痛み

この移行は短期的には多くの困難を伴うが、タイの長期的なデジタル競争力確保のために避けては通れない道だ。強化された5G接続性により、EECのスマートファクトリー、全国規模のAIアプリケーション、活気あるデジタル経済の実現が可能になる。

BKK IT Newsでは、この移行に伴う短期的な痛みは、タイが高所得国入りを果たすために支払うべき対価と考える。企業は今すぐ準備を始め、この歴史的な転換期を成長の機会として捉えるべきだ。

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