タイ国家経済社会開発評議会(NESDC)が発表した2025年第2四半期の労働統計によると、失業率は前年同期の1.07%から0.91%に改善した。しかし、この数値の裏では雇用の質が著しく悪化している。企業の約25%が人員削減を計画し、パートタイムや契約雇用へのシフトが加速している。表面的な数字に惑わされることなく、労働市場の構造変化を正確に把握することが企業経営には不可欠だ。
過去の経緯と現在の状況
タイの労働市場では、COVID-19パンデミック以降、雇用の不安定化が徐々に進行してきた。2022年から2024年にかけて、中・大企業における雇用構造が劇的に変化している。恒久的なパートタイム雇用の割合は6%から42%に急増した。臨時・契約ベースのパートタイム雇用も4%から28%に拡大している。
これらの変化は、企業のコスト削減戦略と不確実性への対応が背景にある。経済成長の鈍化(2025年第2四半期GDP成長率2.8%)、家計債務のGDP比87.4%という高水準、そして米国の通商政策による輸出への圧力が重なっている。企業は固定費となる人件費を削減し、経営の柔軟性を確保するため、リスクを労働者に転嫁する戦略を採用している。
現在の雇用成長率はわずか0.02%に留まっている。不完全就業者(1日4時間未満労働)は前年同期比5.2%増の210万人に達した。就業意欲喪失者も210万人存在する。公式失業者37万人に対し、実質的に労働力が十分活用されていない人々は420万人に上る。これは公式統計が労働市場の実態を反映していないことを示している。
セクター別の動向
成長セクターは運輸・倉庫業(+7.9%)、ホテル・レストラン業(+3.1%)、製造業(+0.5%)となっている。これらは観光業の回復とギグ・エコノミーの拡大に支えられている。一方、建設業(-3.7%減)、卸売・小売業(-1.2%減)、農業部門(-0.9%減)は縮小している。
セクター間の乖離は、タイ経済がサービス主導型、特に観光と物流に依存した回復を辿っていることを示している。しかし、これらのセクターで創出される雇用の多くは本質的に不安定で、季節変動や外部ショックの影響を受けやすい。
社会保障制度の問題
タイの社会保障制度は、労働市場の二極化を反映している。フォーマル労働者は社会保険法第33条の下で包括的な保護を受けるが、ギグワーカーやインフォーマル労働者は任意加入の第40条制度しか利用できない。第40条制度は限定的な給付しか提供せず、保険料負担はほぼ全額労働者が負担する。失業保険の給付もない。
この制度の不備により、不安定な労働者層に対する適切なセーフティネットが存在しない状況が続いている。労働市場が急速に柔軟で非標準的なモデルに移行する中で、社会保障制度は構造的に時代遅れとなっている。
企業への影響と今後の予想
BKK IT Newsでは、この雇用の不安定化が短期的には企業のコスト削減に寄与するものの、中長期的には重大なリスクをもたらすと予想する。労働者の購買力低下により国内消費が低迷し、企業の売上にも影響する可能性がある。また、スキルアップやキャリア開発の機会が限られることで、労働生産性の向上が阻害される。
タイが目指す高所得国への移行には、高い生産性とイノベーション、高度なスキルを持つ労働力が必要だ。現在の不安定雇用へのシフトは、これらの目標達成を困難にする可能性がある。企業の短期的な人件費削減が、長期的な競争力低下につながるリスクも考えられる。
政府は「独立労働者保護法案」の策定を進めているが、進捗は遅い。社会保障制度改革も必要だが、実現までには時間を要するだろう。
企業の対応策
企業は単なるコスト削減ではなく、戦略的な人材活用を検討すべきだ。非正規労働者を重要な人材資源として認識し、スキルアップ支援やポータブルな給付制度への投資を行うことで、労働者のロイヤルティと生産性を高められる。
労働者団体との建設的な対話も重要だ。新たな労働基準の共同構築により、労働者の定着率向上と企業ブランドの評判向上が期待できる。また、デジタルリテラシーや新経済に関連するスキルに焦点を当てたリスキリングプログラムへの投資も考慮すべきだろう。
倫理的なプラットフォーム・ガバナンスの採用により、アルゴリズムの透明性確保と公正な紛争解決チャネルの設置も求められる。短期的なコスト削減から、持続可能で戦略的な人材活用へのシフトが、企業の長期的競争力確保には不可欠だ。
参考記事リンク
- Thailand’s employment growth stable in Q2 – Xinhua
- Thailand’s unemployment steady at 0.91% in Q2 as job growth stalls – hrsea
- Thai economy slump drives rise in temporary and part-time employment, says NESDC
- How to improve working conditions for gig workers in Thailand? – International Labour Organization
- Thailand Economic Monitor February 2025: Unleashing Growth Innovation SMEs and Startups – World Bank