タイホンダが低金利ローン参入 ~金融引き締めで「凍結された需要」を掘り起こし、市場シェア防衛へ~

タイホンダが低金利ローン参入 ~金融引き締めで「凍結された需要」を掘り起こし、市場シェア防衛へ~ タイ政治・経済
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タイの二輪車市場で絶対王者として君臨するホンダが、前例のない金融支援プロジェクトに乗り出した。市場シェア81%を握る同社が低金利かつ長期返済のバイクローンを提供し、金融機関の審査で弾かれた顧客層の開拓に動く。背景には深刻化する家計負債問題と金融引き締めによる「凍結された需要」の存在がある。

市場停滞と金融引き締めの二重苦

タイの二輪車市場は2024年に158万台と前年比15.7%の大幅減を記録した。2025年上半期も前年同期比1.6%増にとどまり、回復の兆しは見えない。市場全体の伸び悩みの主因は、高水準の家計負債問題にある。

2025年第1四半期の家計負債は対GDP比87.4%の16.35兆バーツに達した。表面的には前四半期から改善しているが、これは金融機関がリスク回避のため新規貸し出しを抑制した結果だ。自動車・バイクローン残高は1.58兆バーツと前年同期比9.8%減少し、個人向けローンの不良債権率は高止まりしている。

この信用収縮により、購入意欲があるにもかかわらずローンを組めない潜在顧客が大量に発生している。バンコクポスト紙によれば、タイホンダの清水祐一社長は「バイクを本当に必要としているが、金融資源にアクセスできない潜在顧客に新たな金融オプションを提供したい」と述べている。

ギグワーカーと生活必需品としてのバイク

ホンダが狙うのは、バイクを趣味ではなく「生産財」として必要とする層だ。フードデリバリーやライドヘイリングに従事するギグワーカー、通勤用バイクを求める若年労働者、地方の住民などが主なターゲットとなる。

実際、111-125ccセグメントは2024年に8.8%成長を記録した。これはフードデリバリー事業の拡大が牽引している。一方で、低所得者層が多い51-110ccセグメントは19.5%の大幅減となり、二極化が鮮明になった。

ホンダの金融子会社であるホンダ・リーシング(タイランド)は四輪車向けに金利0.69%や0.84%といった極めて低い優遇金利を提供している実績がある。二輪車でも市場標準の年利19%を大幅に下回る条件設定が予想される。

競合他社も金融プロモーション強化

市場第2位のヤマハも人気スクーターNMAXやAerox 155に対し、最大60回の長期分割払いプログラムを提供している。スズキは四輪車で最大99ヶ月の超長期返済プランを展開しており、二輪車への応用も視野に入れている。

しかし、これらは既存の金融機関枠組みでの施策が中心だ。ホンダが計画する「金融アクセス困難層」への本格的な与信拡大は業界初の試みとなる。

規制強化が競争環境を左右

タイ政府は2025年12月2日から自動車・バイクの割賦購入とリース事業の規制を強化する。ノンバンク系事業者も規制対象に含まれ、金利や手数料の透明化が義務付けられる。

この規制は体力のある大手プレイヤーには有利に働く可能性がある。コンプライアンス体制が脆弱な中小業者は市場からの撤退を余儀なくされ、結果的にホンダのような大手企業にとってより有利な競争環境が生まれる。

金融包摂と債務拡大リスクの両面

ホンダの施策は金融包摂の促進という社会的意義を持つ。これまで正規の金融サービスから排除されていた層がバイクという生産手段を手に入れれば、所得創出機会の増加につながる可能性がある。

一方で、サブプライム層への与信拡大は新たな債務問題を引き起こすリスクもある。タイ商工会議所の調査では国民の71.1%が過去1年間に債務返済遅延を経験している。低金利・長期返済という条件は月々の負担を軽減する一方、総返済期間の延長により不測の事態に遭遇するリスクも高まる。

BKK IT Newsの見解

ホンダの低金利ローン参入は、単なる販売促進策ではなく市場構造そのものを変える戦略的転換点となる。成功すれば民間主導の金融包摂モデルとして評価される一方、失敗すれば脆弱な層を犠牲にした拡大策との批判を招く。

今後は競合他社の追随と規制当局の運用方針が市場の方向性を決める重要な要素となる。ホンダの与信リスク管理能力が、この大胆な戦略の成否を左右することになるだろう。

企業への提言

製造業やサービス業の企業は、従業員の通勤手段確保という観点から、この動きを注視する必要がある。バイクローンの利用環境改善により、地方からの労働力確保や物流効率化に新たな機会が生まれる可能性がある。一方で、従業員の債務状況悪化による労働生産性への影響も考慮すべき要素として挙げられる。

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