タイ最大手銀行SCBの構造改革 ~GDP1.5%成長下での生存戦略~

タイ最大手銀行SCBの構造改革 ~GDP1.5%成長下での生存戦略~ タイ政治・経済
タイ政治・経済

タイの金融業界で大きな動きが発生している。サイアム商業銀行(SCB)が今後12~18ヶ月にわたる事業縮小を発表し、業界関係者の注目を集めている。この決定は、タイ経済の先行き不透明感への戦略的対応として位置づけられている。

低成長時代への適応

SCBの最高経営責任者クリス・チャンタノトケ氏は、タイ経済の厳しい見通しを明確に示した。同行は2025年のGDP成長率を1.5%と予測している。この数字は下半期に1%まで減速する可能性を示唆し、テクニカルリセッションへの懸念を高めている。

世界銀行も同様の見方を示している。2025年の成長率予測を1.7%に下方修正し、輸出と観光の弱体化、国内需要の低迷を理由に挙げている。複数の権威ある機関が一致して低成長を予測している状況は、タイ経済の構造的な課題を浮き彫りにしている。

この経済環境下で、SCBは従来型の拡大路線から効率重視への戦略転換を決断した。同行のコスト・トゥ・インカム比率は36.8%まで改善し、株主資本利益率も11.7%を維持している。逆風下でも収益性を確保する体制を築いている。

米国関税が迫る脅威

外部環境として、米国の関税政策がタイ経済に深刻な影響を与えている。タイは総輸出額の約20%を米国市場に依存している。クリス氏は、タイが他国より10%高い関税に直面した場合、経済競争力が深刻に損なわれると警告した。

「トランプ2.0」政策による地政学的緊張と貿易保護主義の激化が、2025年の貿易、生産、投資の減速要因として予想されている。この外部ショックに対する予防的措置として、SCBの事業縮小は合理的な判断と評価できる。

家計債務が制約する融資環境

国内要因として、タイの根深い家計債務問題が金融機関の融資姿勢を慎重にさせている。高水準の家計債務は消費者信頼感を42ヶ月ぶりの低水準まで押し下げた。消費者支出の減少は経済全体の回復を妨げている。

タイ中央銀行(BOT)は、金融機関が特にSMEや低所得世帯への信用供与に慎重な姿勢をとっていると指摘している。信用リスクの高まりが融資成長を制限し、経済拡大を抑制する負のスパイラルが形成されている。

SCBは2025年の総融資成長率をわずか1~3%に設定している。リテール部門での慎重なアプローチが顕著だ。同時に、NPL比率は3.37%で安定しているものの、NPL形成率は同業他行と比較して高い水準にある。

デジタル化で攻勢転換

SCBは受身の縮小ではなく、積極的な変革を進めている。2025年までに総収益の25%をデジタルバンキングから生み出す目標を掲げている。物理的な支店網は約800店舗まで削減し、対面取引の減少に対応している。

同行はバーチャルバンクの設立承認も確保している。中国のWeBankや韓国のKakaoBankとコンソーシアムを形成し、2026年半ばまでに商業サービスを開始する予定だ。デジタル技術を活用した新たなビジネスモデルの構築が進んでいる。

戦略の重点は法人向けバンキングとウェルスマネジメントに置かれている。ウェルスソリューションは2024年に29%の成長を記録し、手数料ベースの収益源として期待されている。

金融政策の限界露呈

政府とBOTの対応も注目される。BOTは政策金利を1.75%まで引き下げたが、効果は限定的だ。信用アクセスの根本的な問題は、融資コストではなく借り手の信用リスク増加にあると認識している。

2025年5月には1,570億バーツの経済刺激策が承認された。インフラ開発や輸出支援を通じて経済システムに資本を注入する狙いだ。しかし、金融政策の有効性が薄れる中、財政措置への依存度が高まっている。

BKK IT Newsの見解

SCBの構造改革は、タイの金融セクターが直面する新たな現実への適応を示している。短期的な経済逆風と長期的なデジタル変革の両方に対応する必要がある。

効率性重視と選択的成長の組み合わせは、他の金融機関にとっても参考になる戦略だ。ただし、金融包摂や中小企業支援といった社会的役割をどう維持するかが今後の課題となる。

タイ経済の構造的脆弱性に対処するには、金融機関の自助努力だけでなく、政府の協調的な政策対応が不可欠だ。SCBの取り組みは、困難な環境下での銀行経営の新たなモデルケースとして注目される。

参考記事

  • SCB opts to scale down operations – Bangkok Post
  • World Bank cuts Thailand growth outlook – Bangkok Post
  • Economic outlook 2024-2025 as of Q4/2024 – SCB EIC
  • Monetary Policy Committee’s Decision 3/2025 – Bank of Thailand
  • Banking Sector Quarterly Brief (Q1 2025) – Bank of Thailand