AI業界に激震が走っている。2025年1月に華々しく発表された5000億ドル規模のAIインフラ構想「スターゲイト・プロジェクト」が、わずか半年で大幅な計画縮小を余儀なくされ、当初の壮大なビジョンは事実上破綻した。この背景には、主導的パートナーであるOpenAIとソフトバンクグループ(SBG)間の深刻な戦略的対立がある。結果として、Oracleが漁夫の利を得て、年間300億ドルという巨額契約を獲得し、AIクラウドプロバイダーの頂点に躍り出た。
壮大な計画から小規模データセンターへの転落
2025年1月21日、トランプ米大統領とOpenAIのサム・アルトマンCEO、ソフトバンクの孫正義CEO、Oracleのラリー・エリソンCTOがホワイトハウスに並び立ち、米国のAIインフラ構築のために今後4年間で5000億ドルを投資するという壮大な構想を発表した。このプロジェクトは最大20カ所の巨大データセンターの建設を含み、10万人以上の雇用創出と中国のAI技術進歩への対抗を目標に掲げていた。
しかし、2025年7月時点の現実は厳しいものとなった。ウォール・ストリート・ジャーナルの報道によれば、プロジェクトは「始動に苦戦」しており、共同事業体の名の下では「データセンターに関する契約が一件も完了していない」状態だ。当初の1000億ドルの即時投資という公約は、2025年末までにオハイオ州に単一の「小型データセンター」を建設するという、大幅に縮小された目標へと変更された。
OpenAIとソフトバンクの戦略的対立
この計画縮小の根本原因は、OpenAIとSBG間の「いくつかの条件を巡る対立」にある。特に深刻な対立点となったのが、SBG傘下のエネルギー開発企業であるSBエナジーの活用を巡る問題だ。
SBGにとって、SBエナジーの活用は自社のエネルギー資産をAIインフラに統合し、垂直統合型の管理されたエコシステムを構築するための重要な戦略だった。一方、OpenAIにとって、SBエナジーへの依存は計算能力確保という最重要課題を単一の関連エネルギー供給者の開発スケジュールに縛り付ける潜在的なボトルネックと映った。
この対立は、スピードを求めるOpenAIとコントロールを求めるSBGという古典的な戦略的衝突である。OpenAIの至上命題は、AIモデル開発における優位性を維持するための即時かつ大規模な計算能力の確保だ。スターゲイト共同事業体は複雑な資金調達や戦略的シナジーを追求するため時間がかかったが、既存事業者から容量を借りることは迅速だった。
Oracleの大勝利とOpenAIの単独行動
遅延に直面したアルトマンCEOは、スターゲイト共同事業体を迂回し、単独で契約を進める道を選んだ。OpenAIはOracleから4.5ギガワットという巨大なデータセンター容量を賃借する契約を締結した。この契約は数年後には年間300億ドル以上の規模になると報じられており、この額はOracleの前会計年度におけるクラウド事業全体の収益を上回る。なお、この歴史的契約の詳細については、当サイトの過去記事「OpenAIが年間300億ドルでOracleと歴史的契約 ~AI時代のクラウドインフラ戦争が本格化~」で詳しく解説している。
さらにOpenAIは、専門的なクラウドプロバイダーであるCoreWeaveとの関係も拡大し、既存の数十億ドル規模の契約をさらに増強した。当初スターゲイトの拠点として紹介されたテキサス州アビリーンの1.2ギガワット施設は、SBGの関与なしにOracleの管理下で建設が進められている。
この一連の動きにより、OracleはOracle Cloud Infrastructure(OCI)を瞬時にAIクラウドプロバイダーのトップ層へと押し上げ、AWS、Azure、Google Cloudの優位性に挑戦する存在となった。OpenAIとの巨大契約は、Oracleの長期的なインフラ投資と高性能コンピューティングへの注力が正しかったことの大きな証明である。
ソフトバンクの危険な賭けとASIビジョン
孫正義氏にとって、スターゲイトやOpenAIへの投資は、人間知能の1万倍賢いAIと定義される人工超知能(ASI)の実現という壮大な目標を達成するための手段に過ぎない。この目標を達成するための戦略は、半導体(Arm)、インフラ(スターゲイト)、インテリジェンス(OpenAI)という「力の三位一体」とも呼べる垂直統合エコシステムの構築に基づいている。
しかし、この壮大なビジョンはSBGを極めて危険な財務状況に追い込んでいる。SBGはOpenAIに最大400億ドル、Ampere Computingに65億ドルをコミットし、5000億ドル規模のスターゲイト構想の主要な資金提供者でもある。2025年3月31日時点で、SBGの純資産有利子負債倍率(LTV)は前年の8.4%から18.0%に上昇している。S&Pグローバル・レーティングは、OpenAIへの投資だけでLTVが30%程度に上昇する可能性があると警告している。
現実世界のボトルネック:電力危機
これらすべてのAIに関する野心的な計画を制約する究極の要因は、資本や技術ではなく、物理法則と物流である。AIデータセンターは信じられないほどの電力を消費する。米国のデータセンターからの電力需要は急増すると予測されており、2028年までには米国の全電力の最大12%を消費する可能性がある。
最大のボトルネックは、新たな電源やデータセンターを電力網に接続するのにかかる時間だ。ノーザンバージニアのような需要の高い地域では、電力供給を受けるまでの待機時間が最大で7年にも及ぶことがある。このため、データセンターの立地選定において、電力へのアクセスの速さが最も重要な要素となっている。
地政学的な影響と中国との競争
スターゲイト・プロジェクトは、中国に対する米国のAI優位性を確保するための戦略的イニシアチブとして明確に立ち上げられた。プロジェクトの内部対立と遅延は、この目標を損なうリスクがある。米国モデルが管理の難しい民間コンソーシアムに依存しているのに対し、中国は協調的な投資を行う国家主導の産業政策を追求している。
DeepSeekのような強力でエネルギー効率の高い中国製モデルの出現は、資本集約的な米国のアプローチに疑問を投げかけ、「より多くの支出が自動的により良いAIにつながる」という前提を揺るがしている。スターゲイトの摩擦は、地政学的なAI競争において貴重な時間と勢いを競合相手に譲り渡すことになりかねない。
AIインフラの新パラダイム
スターゲイトの物語は、単純で巨大なAIパートナーシップの時代の終わりを告げるものである。AIインフラの未来は、複雑で断片化され、競争の激しいエコシステムとなるだろう。OpenAIは、Microsoft以外にもOracle、CoreWeave、Google Cloudをインフラパートナーに加え、計算能力主権の確保を進めている。
当初のMicrosoftとの独占契約は修正され、Microsoftは現在、新たな計算能力に対する「優先交渉権」を保持するのみとなった。これは、OpenAIが新たなワークロードをまずMicrosoftに提案する必要があるが、Microsoftが拒否した場合にはOracleやGoogleのような他のプロバイダーに自由にアプローチできることを意味する。
今後の展望と企業への影響
両社の今後のシナリオを展望すると、当初のスターゲイト構想の下での完全な和解は可能性が低い。最もあり得る結果は、インフラ構築パートナーシップと財務的投資の分離である。OpenAIは独立してマルチパートナー型の計算能力エコシステムを構築し続け、SBGはOpenAIの主要な財務的投資家として留まりつつ、自前のインフラプロジェクトを別途追求していくことになるだろう。
BKK IT Newsとしては、AI革命の次の段階における究極の勝者は、計算能力とそれを動かすための電力という二つの課題を最も巧みに解決した者となると予想する。AIの覇権争いは、紛れもなくエネルギーを巡る争いへと変貌したのである。
タイ企業にとって、この動向は重要な示唆を与える。AIインフラの多極化により、クラウドプロバイダーの選択肢は増加する一方で、電力とデータセンター立地の戦略的価値が急上昇している。タイ政府のデータセンター誘致政策とAI国家戦略は、この新たな競争環境においてより重要な意味を持つことになる。
参考記事
- USA’s Project Stargate off to a rocky start – Computing UK
- OpenAI and SoftBank’s $500 bln AI project struggles to gain traction – Investing.com
- Stargate advances with 4.5 GW partnership with Oracle – OpenAI
- OpenAI Confirms $30B-Per-Year Oracle Deal, Unveils Details – MLQ.ai
- President Trump highlights investing $500 billion in ‘Stargate’ AI project – AP News