コワーキングスペース世界最大手IWG(International Workplace Group)がタイで大規模な事業拡大を進めている。同社は今年後半に6つの新拠点を開設する計画を発表した。バンコクだけでなく、プーケット、パタヤ、ラヨンなどの地方都市への進出が注目される。デジタルノマドの取り込みを狙った戦略的展開だ。
地方都市への本格進出が始まった
IWGの新戦略で特筆すべきは地方都市への積極展開だ。これまでバンコク中心だったコワーキング市場に変化が起きている。観光地としても人気の高いプーケットやパタヤへの進出は、ワーケーション需要を狙った明確な戦略といえる。
ラヨン県では12月にスターITセンター内に705平方メートルのRegus支店がオープンする。パタヤでは高級ホテル「ブライトン・グランド・パタヤ」内に1,489平方メートルの大型拠点を設置する予定だ。この拠点はMICE(会議・展示会)向けに特化した設計となっている。
チョンブリーの日本テーマパーク「J-パーク・ニホンムラ」内にも新拠点が登場する。ショッピングモールとオフィス機能を融合させた新しいコンセプトだ。仕事と生活を一体化させたいデジタルノマドには理想的な環境となっている。
モール空室の有効活用が鍵
IWGの拡大戦略で注目されるのは、既存不動産の再利用だ。新拠点の半数はショッピングモールやコミュニティモール内に開設される。バンコクのオフィス市場では大幅な供給過剰が続いており、空室対策が急務となっている。
同社幹部は「空室スペースをコワーキング施設に転換すれば、わずか2年で採算が取れる」と説明する。長期間の空室に悩む物件オーナーにとって魅力的な提案だ。
タイ全体で46拠点から大幅増加へ
IWGは現在タイで46拠点を運営している。今年中にさらに12拠点を追加する計画だ。来年も11の新拠点開設を目指しており、急ピッチで事業を拡大している。
拡大エリアはバンコク周辺にとどまらない。ハジャイ、コンケン、ナコンラチャシマ、ウドンタニなどの二次都市も対象となっている。10年以内に全国で少なくとも40センターの開設を計画している。
地元不動産大手との提携も進んでいる。チョンブリーの不動産開発会社ラタナコーン・アセットとパートナーシップを結び、バンコク以外の全県での展開を目指している。
デジタルノマド需要が拡大を後押し
タイのコワーキング市場は急成長を続けている。2023年に1億670万米ドルだった市場規模は、2030年までに5億5,080万米ドルに達する見込みだ。年平均成長率は26.2%と高い伸びを示している。
成長の背景には複数の要因がある。バンコクがスタートアップハブとして台頭していることが大きい。リモートワーク文化の浸透も市場拡大を支えている。
企業のハイブリッドワーク導入も需要を押し上げている。従来のオフィス契約に比べて柔軟性が高く、コスト削減効果も期待できる。
デジタルノマドや外国人駐在員の増加も追い風だ。タイの低い生活費と充実したインフラが外国人ワーカーを引き寄せている。特にプーケットやパタヤのような観光地では、仕事と休暇を組み合わせるワーケーション需要が急拡大している。
グローバルネットワークが最大の強み
IWGの競争優位性は圧倒的な規模にある。世界120カ国以上、4,000を超える拠点を展開している。競合他社の4倍の規模だ。
利用者はRegusアプリで世界中の拠点を予約できる。多国籍企業や移動の多いビジネスマンには大きなメリットとなっている。世界を移動しながら働くデジタルノマドにとって、一貫したサービス品質で利用できる拠点ネットワークは不可欠だ。
WeWorkなど他の大手と比較しても、IWGは安定したキャッシュフローを維持している。ドットコムバブル崩壊や金融危機を乗り越えた実績がある。
働き方の分散化が加速
IWGの地方進出は働き方の根本的変化を反映している。従来のような中央集権的なオフィスから、分散型ワークスタイルへの移行が進んでいる。
地方都市にプロフェッショナルなワークスペースが整備されることで、バンコクに集中していた人材の分散が期待される。地域経済の活性化にもつながる可能性が高い。海外からのデジタルノマドが地方都市に長期滞在すれば、観光収入の安定化にも寄与する。
タイ政府も週4日勤務のパイロットプログラムを支援するなど、柔軟な働き方を推進している。政策面でもコワーキング市場の成長を後押しする環境が整っている。
課題もある
一方で課題も存在する。共有スペースでのサイバーセキュリティ対策は重要な検討事項だ。機密データを扱う企業には慎重な検討が必要となる。
バンコクのオフィス供給過剰も市場に影響を与える可能性がある。2025年第1四半期だけで52万4,000平方メートルの新規供給が予定されている。
経済成長率の鈍化も懸念材料だ。タイ経済は2025年に2%程度の成長にとどまる見通しで、ビジネス需要全体の抑制要因となる可能性がある。
今後の展望
IWGのタイ展開は働き方革命の象徴的な動きだ。地方都市への本格進出により、従来の「バンコク一極集中」から「分散型ワークスタイル」への転換が加速しそうだ。
コワーキングスペースの利用拡大は、不動産市場の構造変化ももたらす。空室対策としてのコワーキング転換が一般的になれば、商業不動産の投資パターンも変わってくる。
AR・VR技術の導入やAIを活用した運営システムの導入も進むだろう。より高度なワークスペース体験の提供が差別化要因となっている。
IWGの事業拡大は、タイの働き方そのものを変える可能性を秘めている。デジタル経済の発展と相まって、新しいワークスタイルの定着が期待される。