INET、2025年Q2決算で見えたデジタル主権戦略 ~SME市場6,188社獲得、データローカライゼーションで差別化~

INET、2025年Q2決算で見えたデジタル主権戦略 ~SME市場6,188社獲得、データローカライゼーションで差別化~ クラウド
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タイのクラウド業界で独自の地位を築くインターネット・タイランド(INET)が2025年第2四半期決算を発表し、収益25%増という力強い成長を記録した。表面上の「74.65%利益増」は前四半期比の数値だが、真の成長の物語は中小企業(SME)市場6,188社獲得と、データ主権を武器とした「ローカルチャンピオン」戦略の成功にある。

数字の裏に隠された真実

報道された「74.65%利益増」は前四半期比の数値で、より重要な前年同期比では純利益が微減している。しかし、これは税務要因によるもので、事業運営の健全性を示す税引前利益(EBT)は19.79%の力強い成長を記録した。総収益は前年同期比25%増の15億486万バーツに達し、中核事業の好調さを裏付けている。

このような財務構造は、INETが単なる数字のマジックではなく、実質的な事業成長を実現していることを示している。クラウドサービスとデジタルプラットフォームサービスが全体の88%を占める収益構造により、従来の低収益ISP事業からの脱却が鮮明になっている。

政府系ISPから「ローカルチャンピオン」への転身

INETの真の競争力は、その特異な出自にある。1995年に国営企業とNECTECの共同事業として設立された同社は、タイ初の商業ISPとして政府との深い結びつきを築いてきた。この歴史的背景が、現在の「ローカルチャンピオン」戦略の基盤となっている。

2012年からクラウド事業への転換を開始し、2022年にはデジタルプラットフォーム事業に参入。タイでクラウドトレンドが本格化するより早く変革を始めたことで、現在の優位性を確保した。特に2021年に設立したINETREIT(リート)による巧みな資本戦略により、データセンター拡張を加速している。

現在運営する3つのデータセンターの中でも、サラブリ県のINET-IDC3は地質学的安定性から戦略的立地として評価され、自然災害リスクに対する重要なセールスポイントとなっている。

SME市場制覇の戦略

INETの最大の成功は、SME市場の開拓にある。2025年上半期時点でSME顧客基盤は6,188社に達し、総顧客数は2024年の5,030社から急速に拡大。2025年目標の10,000社に向けて着実に進展している。

この成長を支えているのが、「エンタープライズクラウド」層への顧客構成シフトだ。利益率の低い「コマーシャルクラウド」層(平均1,600~2,100バーツ/VMI)から、より価値の高い「エンタープライズクラウド」層(平均2,500~3,000バーツ/VMI)への移行により、収益性が大幅に向上している。

累積VMI(Virtual Machine Instances)は2024年の64,303から2025年上半期には88,842に増加し、年間目標120,000に向けて順調に推移。このVMI成長は将来収益の先行指標として重要な意味を持つ。

データ主権という競争優位性

INETの真の差別化要因は、データ主権とコンプライアンス領域での優位性だ。タイのPDPA(個人情報保護法)と政府の「Go Cloud First」政策により、国内でのデータ保管が推奨または義務付けられる傾向が強まっている。

この規制環境は、INETのような国内プロバイダーに大きな競争上の優位性をもたらしている。政府機関や金融、医療といった規制産業では、国内企業が提供するクラウドサービスが事実上の優先選択肢となりつつある。グローバルプレイヤーがローカルゾーンを持っても、国内で所有・運営される企業はより高いレベルのデータ主権保証を提供できる。

価格面でも、INETはAWSの70%以下という競争力のある料金設定を実現。オープンソース技術の活用と自社開発により、高価な外国ベンダーのライセンス費用を回避している。

AI戦略の現実的アプローチ

INETのAI戦略は、大規模な汎用AIモデル開発で競争するのではなく、顧客のAI導入を可能にする基盤層の構築に焦点を当てている。特定のタスクに特化した特化型人工知能(ANI)の開発により、莫大なGPUコストを回避する資本効率の高いアプローチを採用している。

デジタルプラットフォームサービス(e-Tax、Nex Gen Commerce)は、このAI戦略の重要な構成要素だ。これらのプラットフォームは、AIが利用できるクリーンで構造化されたリアルタイムデータを準備する「データクレンジング」機能を果たしている。

Nex Gen Commerceプラットフォームには既に3,000以上の店舗が参加し、タイのSMEやOTOP(一村一品)ベンダーをターゲットとした「ローカルチャンピオン」アイデンティティを強化している。

将来展望と戦略的価値

INETは、単純に外国企業の安価な代替品ではない。タイ市場にとって「スマートで、コンプライアンスに準拠し、主権を持つ選択肢」として差別化している。

BKK IT Newsとしては、INETの戦略が成功すればタイの中小企業の競争力向上と国家のデジタル主権確立に大きく貢献すると予想している。データ主権の重要性が高まる地政学的環境において、INETのような国内企業の戦略的価値は今後さらに高まる可能性が高い。

ただし、グローバルハイパースケーラーによる積極的な価格競争と市場投資、自社技術の陳腐化リスク、マクロ経済悪化によるSME支出減少などの課題も存在する。

企業への提言

中小企業は、INETのような国内クラウドプロバイダーとの戦略的パートナーシップを検討すべき時期に来ている。単なるコスト削減ではなく、データ主権、コンプライアンス、きめ細やかなサポートという付加価値を重視した選択が重要だ。

AI導入を検討する企業は、グローバル企業の汎用ソリューションよりも、タイの文脈と規制環境を理解したローカルプロバイダーとの連携により、より実用的で持続可能な成果を得られる可能性がある。

クラウド移行時には、単純な機能比較ではなく、データローカライゼーション要件、長期的なコンプライアンス体制、国内サポート体制を包括的に評価することが企業の競争力強化につながる。

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