中国デフレがタイ経済を直撃 ~安価な輸入品流入でタイ企業の価格決定力が低下~

中国デフレがタイ経済を直撃 ~安価な輸入品流入でタイ企業の価格決定力が低下~ タイ国際外交・貿易
タイ国際外交・貿易

2025年9月8日現在、中国経済のデフレが深刻化し、タイ経済に複雑な影響を与えている。中国の生産者物価指数(PPI)は前年同月比-3.6%という深刻なマイナスを記録している。この状況が、タイの製造業と観光業に直接的な打撃をもたらしている。

中国デフレの実態

中国経済は表面的には安定を保っている。実質GDP成長率は政府目標の5%前後を達成した5.2%を記録している。しかし、名目GDP成長率はわずか3.9%に留まっている。この1.3ポイントの差が、中国経済全体のデフレ傾向を明確に示している。

デフレの最大の要因は不動産市場の崩壊である。かつて名目GDP成長の16%を占めていた不動産・建設セクターが急停止した。政府は対策として、電気自動車、太陽光パネル、リチウムイオン電池などのハイテク製造業への投資を拡大した。しかし、この政策が深刻な供給過剰を生み出している。

中国の家計貯蓄率は可処分所得の約32%という極めて高い水準で推移している。若年失業率も14%に達している。国内需要が低迷する中、巨大な工業生産能力を国内で吸収することができない状況が続いている。

タイへの三つの影響経路

安価な輸入品の洪水

中国のデフレがタイに与える最も深刻な影響は、安価な輸入品の大量流入である。米国の関税措置により行き場を失った中国製品が、ASEANのようなアクセスしやすい市場に流れ込んでいる。

アナリストの試算によると、今後3年間で697.8億から883億バーツ相当の中国製品がタイに流入する見込みである。この流入は「過去10年で最大」と表現されている。特に影響を受けているのは自動車、電子機器、繊維、鉄鋼、一般消費財である。

タイ工業連盟の調査では、中国製品はタイ製品より20%から40%安く、回答者の71%がタイ企業は中国からの輸入品に市場シェアを奪われると予想している。この激しい価格競争が、タイ企業の価格決定力を奪っている。

タイのヘッドラインインフレ率は2025年5月にマイナス0.57%を記録した。エコノミストたちは、その主な要因として中国製品の流入を明確に挙げている。タイは事実上、中国のデフレを輸入している状況である。

中国人観光客の急減

2025年、タイは中国人観光客の著しい減少に見舞われている。パンデミック前の2019年と比較して、2025年上半期の中国人観光客数は34.23%も減少した。2019年にはタイへの全国際観光客の28%を占めていた中国人が、2025年にはわずか13.6%にまで低下した。

この減少の根本原因は、中国国内の消費者心理の悪化である。不動産不況、雇用の不安定化、経済全般に対する不透明感が、中国の家計に海外旅行を含む裁量的支出を削減させている。

年間の観光収入は目標達成が困難視されており、パタヤのような主要観光地では、ホテルの稼働率が平日に30%から40%まで落ち込んでいる。

中国からの投資急増

観光客の減少とは対照的に、2025年のタイは中国からの投資が急増している。これは両刃の剣となっている。

中国企業が地政学的リスクを軽減するため、本土から生産拠点を多様化しようとする「デリスキング」の動きが背景にある。タイに生産拠点を設けることで、中国からの輸出品に課される高関税を回避し、米国市場へ輸出することが可能になる。

投資は工業団地、東部経済回廊、都市部の不動産に集中している。EV、電子機器、バッテリーなどのサプライチェーンへの投資も活発である。

しかし、中国の投資家はしばしば中国から調達した建設資材や労働力を利用し、中国人コミュニティを対象としたプロジェクトを開発するため、タイの地場企業との競争が激化している。

企業への影響予測

BKK IT Newsの分析では、短中期的に純影響はマイナスとなる可能性が高い。巨大な観光セクターへの打撃と、安価な輸入品による国内中小企業への競争圧力がもたらす損害は、より集中的で効果発現に時間がかかる新規FDIの恩恵を上回るだろう。

自動車・部品セクターは混合的な影響を受ける。完成車市場は中国製EVとの厳しい競争に直面する一方、EVサプライチェーンへのFDIは新たな機会をもたらす。

電子機器セクターでは、低価格帯製品は中国製品との競争が激化する。他方、「China+1」戦略の恩恵を受け、高付加価値製品の生産拠点としての地位が向上する可能性がある。

観光・ホスピタリティセクターは深刻なマイナス影響を受ける。GDPへの貢献度が大きい中国人観光客の構造的な減少は、セクター全体の収益を圧迫する。

消費財や中小企業は深刻なマイナス影響に直面する。価格競争力が低い国内の中小企業は、安価な中国製品の流入により市場シェアを失うリスクが最も高い。

企業の対応策

貿易防衛措置の活用を検討する必要がある。アンチダンピング関税やセーフガード措置の発動を政府に求めることも選択肢の一つとなる。

産業競争力の向上が急務である。品質、デザイン、ブランド力など、価格以外の要素で競争できる分野への移行を進める必要がある。

中国からのFDIを活用する戦略も重要である。技術移転、現地コンテンツ調達の促進、タイ企業とのパートナーシップを通じて、競争上の脅威を協業の機会に変えることが可能である。

市場セグメンテーションの見直しも必要である。中国製品との価格競争の影響を受けにくい市場セグメントを特定し、プレミアムなニッチ市場や専門的なサービスに注力することが求められる。

観光業界では中国市場への依存を低減し、消費額の多い欧米、インド、中東などからの長期滞在客をターゲットとした多角化戦略が必要になる。

中国のデフレは一時的な現象ではない。構造的な問題であり、長期にわたってタイ経済に影響を与える可能性が高い。企業は新たな競争環境に適応するための戦略的対応を急ぐ必要がある。

参考記事リンク