メディア企業Time Outが発表したランキングで、バンコクがZ世代にとって世界で最も住みやすい都市の第1位に選ばれた。18,500人を対象とした調査の中から30歳未満の回答者データを抽出して分析した結果、バンコクはシティスコア66%で首位を獲得。メルボルン、ケープタウン、ニューヨークを抑えてトップの座に就いた。この結果は、タイの労働市場と企業の人材戦略に大きな影響を与える可能性が高い。
バックパッカーの聖地から若年専門職の拠点へ
バンコクの若者向け都市としての地位は、1960年代のベトナム戦争時代に形成された基盤の上に築かれている。当時、米軍兵士の休養・娯楽目的地となったことで、カオサン通りのような安価な宿泊施設とサービスが発達した。この「バックパッカーの聖地」として40年以上かけて築いた国際的ブランドイメージが、現在のZ世代への訴求力につながっている。
タイ政府は早期から観光の重要性を認識し、1960年にタイ国政府観光機構を設立。その後の「アメージング・タイランド」キャンペーンなどの長期的マーケティング戦略により、文化的に豊かで親しみやすい観光地のイメージを世界に浸透させてきた。この歴史的蓄積が、今回の評価につながった重要な要因となっている。
Z世代の価値観と完全一致した都市機能
今回の調査でバンコクが高く評価された3つの要因は、Z世代の特性と驚くほど一致している。第一に、Z世代回答者の71%が「手頃な価格」と評価した点だ。世界的な物価上昇に直面するZ世代にとって、生活費の安さは質の高い生活を実現する決定的要素となっている。
第二に、84%が「生活に満足している」と回答した幸福度の高さ。Z世代は精神的健康を重視する世代であり、ストレスの少ない環境を価値あるものと見なしている。第三に「友人を作るのが最も簡単な都市」としてトップ評価を得たコミュニティ形成の容易さ。孤立しがちな現代都市生活において、社会的つながりへの欲求を満たしている。
特に注目すべきは、Z世代がデジタルネイティブとして、TikTokやInstagramを文化発信の主要プラットフォームとして活用している点だ。バンコクの活発なデジタルコンテンツクリエイターシーンが、世界中のZ世代に対して共感可能でダイナミックな都市イメージをリアルタイムで発信している。この「ライブストリーミングされる都市」としての魅力が、他都市との差別化要因となっている。
政府の戦略的ビザ政策が後押し
2020年以降のCOVID-19パンデミックが加速したリモートワークの普及により、場所に縛られずに働く専門職という新しい市場が生まれた。タイ政府はこの機会を捉え、的を絞ったビザ政策を展開している。
長期滞在(LTR)ビザは高所得者向けに10年間の更新可能なビザと17%への所得税率軽減を提供。デジタルノマドビザ(DTV)はより幅広い層を対象に、比較的低い経済的要件で5年有効のビザを提供している。これらの政策により、短期観光客だけでなく長期居住者を積極的に誘致する戦略的転換を明確に示している。
支援インフラも急速に整備されている。2023年に1億670万米ドルと評価されたタイのコワーキングスペース市場は、2030年までに5億5,080万米ドルに達すると予測され、年平均成長率26.2%という驚異的な数字を記録している。WeWorkやRegusといった大手グローバル企業もバンコクに多数の拠点を構えており、リモートワーク経済に不可欠な物理的インフラが整備されている。
企業にとっての新たな機会とリスク
BKK IT Newsとしては、このトレンドが企業に重要な機会をもたらすと考えている。Z世代のリモートワーカーや起業家の流入は、新たな人材プールの創出を意味する。デジタルネイティブな専門家人材の拡大により、バンコクのスタートアップエコシステムやクリエイティブ産業の成長が加速する可能性が高い。
一方で、課題も存在する。高所得の外国人流入により不動産価格と生活費が押し上げられるジェントリフィケーションの加速だ。タイの若手オフィスワーカーの平均月収が3万~4万バーツである一方、都心部の1ベッドルームアパートの家賃は2万バーツを超える状況が生まれている。地元の若者にとって自国の首都が住みにくくなるという深刻な所得格差問題が浮上する可能性がある。
企業が検討すべき人材戦略の転換
企業は、このトレンドを踏まえた人材戦略の見直しを検討する選択肢がある。第一に、国際的な若手人材との競争環境の変化に対応した採用戦略の構築。Z世代は経験志向で、ワークライフバランスを重視するため、従来の雇用条件だけでは優秀な人材確保が困難になる可能性がある。
第二に、リモートワーク対応とデジタル化の加速。Z世代の働き方に合わせた柔軟な労働環境の提供が競争優位性となる。第三に、地域コミュニティとの関係構築。企業の社会的責任として、ジェントリフィケーション問題への配慮と地域貢献活動の強化が求められる。
今回のランキング結果は、バンコクが従来の観光中心モデルから人材中心モデルへの歴史的転換点にあることを示している。企業にとって、この変化を競争力強化の機会として活用するか、課題として対処するかの戦略的判断が重要となる。