バンコクのスタートアップエコシステムに新たなプレイヤーが参入した。2025年第2四半期の正式オープンを目標とするZenicHubは、単なるコワーキングスペースではなく、アーリーステージのスタートアップに特化した「Startup-as-a-Service」モデルを提供する統合型イノベーションハブとして注目を集めている。
タイのスタートアップエコシステムが抱える構造的課題
タイのスタートアップエコシステムは、世界53位、東南アジア4位という確固たる地位を築いている。しかし、その成長の裏には深刻な問題が存在する。
コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)が投資市場を主導することにより、独立系スタートアップ向けのシード資金が極端に不足している。2021年にはシリーズAの資金調達の30%をCVCが占めた。この状況により、多くのスタートアップが「急成長ではなく、緩やかな資金燃焼・成長に最適化された低成長路線」を選択せざるを得なくなっている。
さらに深刻なのは、成功したイグジットがCVCに関連することで、その利益が親会社に還流し、スタートアップエコシステムに還元されないことだ。これにより、自己増殖的な成長サイクルが断ち切られた「壊れたフライホイール」現象が起きている。
ZenicHubの独自アプローチ
ZenicHubは、ZENICHUB CO., LTD.としてタイで法人登記され、タイ投資委員会(BOI)の認定も受けている。共同創業者のAlex Chih氏は、「バンコクはポテンシャルに満ちており、起業家が素晴らしい製品を創造し、事業を拡大することに集中できるようなインフラ、サービス、ネットワークを提供することが目標だ」と述べている。
ZenicHubの最大の特徴は、5つの柱からなる包括的なサービスポートフォリオにある。
- 柔軟なワークスペースソリューション:コワーキングエリア、プライベートオフィス、イベントスペース
- 包括的なビジネスサービス:事業登録、法務、会計、人事、デジタルインフラサポート
- アクセラレータープログラム:事業計画、マーケティング支援、資金調達準備
- 資金調達へのアクセス:VC、エンジェル投資家との広範なネットワーク
- メンターシップとネットワーキング:業界リーダーからの指導
このサービスモデルは、従来のコワーキングスペースとは一線を画す。創業者を煩雑な管理業務から解放し、製品開発と市場適合性の検証に集中させることで、「スローバーン」現象を回避させることを意図している。
戦略的パートナーシップも注目に値する。Laconic Technology(テクノロジー開発支援)、Jobonic(人事関連サービス)、THJ International(税務・会計アドバイザリー)との連携により、各分野の専門企業と組んでワンストップサポートを実現している。
True Digital Parkとの棲み分け
バンコクには既に東南アジア最大のテック・スタートアップハブであるTrue Digital Park(TDPK)が存在する。20万平方メートルを超える巨大な複合開発で、5,800以上のプレイヤーを集めたエコシステム・プラットフォームとして機能している。
ZenicHubは、TDPKとの直接競合を避け、異なるポジショニングを取っている。TDPKがエコシステム全体の「マクロ・コネクター」であるのに対し、ZenicHubはアーリーステージのスタートアップを個別に育成する「マイクロ・ナーチャラー」としての役割を担う。
この棲み分けにより、スタートアップはまずZenicHubで初期の危険な時期を乗り越え、その後TDPKの広範なネットワークに「卒業」するという健全な流れが生まれる可能性がある。
今後の展望とBKK IT Newsの見解
ZenicHubの成功は、タイのスタートアップエコシステムにおけるシードステージの資金調達環境改善につながる可能性がある。機関投資家レベルの法務・財務サポートを提供することで、スタートアップを早期にプロフェッショナル化し、投資家にとってより魅力的な投資対象に変える効果が期待される。
長期的には、非コングロマリット系の独立したスタートアップの成功事例を生み出すことで、「壊れたフライホイール」の修復に貢献する可能性もある。これらの成功から生まれる富と経験が、エンジェル投資やメンターシップを通じてエコシステムに再投資されれば、より持続可能な創業者主導のイノベーションサイクルが確立される。
BKK IT Newsとしては、ZenicHubのようなアーリーステージ特化のプレイヤーが、政府のトップダウン支援と市場のボトムアップ活力を結びつける重要な役割を果たすと予想している。
企業への提言
日系企業にとっても、ZenicHubのような統合型ハブとの連携は新たな選択肢となり得る。精査済みのディールフロー・パイプラインとして活用することで、有望なベンチャー企業への早期アクセスが可能になる。
また、自社のイノベーション戦略において、こうしたハブとのパートナーシップを通じて、投資テーマに合致するスタートアップの育成に影響を与えることも検討に値する。
政策立案者にとっては、このような民間セクター主導の「ファウンドリ」が大規模な公共イニシアチブを補完する不可欠な存在であることを認識し、アーリーステージのイネーブラーを具体的に支援する政策の策定が求められる。
参考記事リンク
- Bangkok gets a new innovation hub as ZenicHub opens co-working and accelerator facility
- Thailand Startup Ecosystem – Rankings, Startups, and Insights – StartupBlink
- Coworking Bangkok | Shared Office Sukhumvit Near BTS Asoke
- What’s going on in the Thai startup ecosystem? | by Nat Wittayatanaseth – Medium
- ข้อมูล บริษัท ซีนิคฮับ จำกัด – dataforthai