CourseraとAWSの共同調査で、世界の技術リーダーの94%が「クラウド変革」をAI導入より優先すると回答した。AI熱狂の裏で、成功の鍵は「見えざるエンジン」であるクラウド基盤の成熟度にあることが判明。タイ企業の多くが直面するAIプロジェクト失敗の根本原因と、国家AI戦略の現実的課題を解明する。
生成AI導入の「現実」とは
生成AIの華々しい進歩に注目が集まる中、企業の現場では異なる現実が浮かび上がっている。AIプロジェクトの70%以上が長期的なROI(投資対効果)を生み出せていない。失敗の根本原因はAIモデルの性能ではなく、企業のIT基盤に潜む「見えざる壁」にある。
データ品質とアクセシビリティの欠如、レガシーシステムとの統合困難、高額なコストと不明確なROI、スキル不足、セキュリティとガバナンスの懸念。これらの課題は全て、企業の「クラウド成熟度」の不足に収斂する。
Coursera/AWSレポートが示す戦略的転換
オンライン学習大手CourseraとAmazon Web Servicesが750名以上の技術リーダーを対象に実施した調査は、興味深い結果を示した。今後3年間のビジネス変革目標として、94%が「クラウド変革」を最優先課題に挙げた。「AI導入」は88%で、明確に下回る結果となった。
スキル要件の優先順位も同様の傾向を示す。クラウド(70%)、データ(59%)、サイバーセキュリティ(52%)が上位を占め、AIスキル(50%)は4位に留まった。CourseraのCTO、Mustafa Furniturewala氏は「堅牢なクラウドインフラなくして、AIはその約束を果たせない」と指摘する。
複雑なインフラ管理(46%)やクラウドリソースのコスト最適化(46%)も主要な課題として挙げられている。技術リーダーたちは、AIという「果実」を得るには、クラウドという「土壌」を先に耕す必要があると判断している。
クラウド成熟度とAI準備度の密接な関係
HashiCorpとForrester Consultingの2024年調査は、クラウド成熟度の重要性をさらに裏付けている。高成熟度組織の89%が「クラウド戦略が既にビジネス目標達成に貢献した」と回答。低成熟度組織では55%に留まり、34ポイントの差が生じている。
生成AI活用でも差は顕著だ。高成熟度組織の85%が生成AIを導入または計画中である一方、低成熟度組織では67%に過ぎない。成熟したクラウド基盤が、AIのような先進技術を試すための安全で効率的な「砂場」として機能している証拠だ。
高成熟度組織の特徴は明確だ。プラットフォームチームによる運用標準化(67%)、コスト可視化・請求システムの導入(85%)、セキュリティ強化の実現(86%)。これらの基盤があって初めて、企業は安心してAI実験と展開を進められる。
タイの国家戦略と現実のギャップ
タイ政府は2022年、「国家AI行動計画(2022-2027)」を策定。2027年までに「ASEANのAIハブ」となる野心的な目標を掲げた。AIユーザー1000万人、AI専門家9万人、AI開発者5万人の育成を目指し、官民合わせて5000億バーツ規模の投資誘致を計画している。
クラウド市場も活況だ。2024年の約40億ドルから2030年代初頭には100億ドルを超える規模に成長する見込み。AWS、Microsoft Azure、Google Cloudが激しく競争し、中国のHuawei Cloudも29.4%という高いシェアを獲得している。
しかし製造業の現場では課題が深刻だ。Industry 4.0への完全移行を達成した企業はわずか2%。AI導入の最大の障壁として、65%の企業が「データ品質の懸念」と「不十分なインフラ」を挙げている。国家戦略と現場のギャップが浮き彫りになっている。
経済の二極化リスク
AIとクラウドの普及は、タイに「光」と「影」をもたらす。持続的な経済成長、新たな雇用創出、生活の質向上といった恩恵がある一方、深刻な課題も存在する。
最大の懸念はデジタルデバイドの深刻化だ。高度なクラウドとAIを駆使できる大企業と、その恩恵を受けられない中小企業との格差拡大。PwCの調査では、タイのCEOの58%がAI対応のための従業員再教育が急務と感じている。
労働市場の変容も避けられない。AIによる自動化で既存の多くの職が代替される可能性があり、大規模な雇用ミスマッチが懸念される。国家的な教育・職業訓練システムの再構築が不可欠だ。
企業が取るべき戦略的アプローチ
成功への道筋は明確だ。まず、AI導入を単なるIT部門の技術プロジェクトではなく、クラウド基盤の現代化を含む全社横断的な経営課題として再定義する。
実践的ロードマップの策定が重要だ。クラウド成熟度を客観的に評価し、データ基盤整備、セキュリティ強化、運用自動化という段階的投資を実行する。データガバナンス体制の確立とプラットフォームチームの設置により、限られた専門人材の効果を最大化できる。
政府も中小企業支援策の質的転換が急務だ。補助金や税制優遇に加え、データクレンジング代行サービス、業界特化型AI導入コンサルティング、共有AIプラットフォームの提供など、実践的な「オンボーディング支援」の拡充が必要だ。
今後の展望
BKK IT Newsとしては、タイ企業の「SMEラストマイル問題」解決が国家AI戦略成功の分水嶺と考える。政府やハイパースケーラーが優れたデジタルインフラを整備しても、大多数の中小企業がスキル、データ成熟度、資本不足からその恩恵を受けられなければ、格差拡大の要因となりかねない。
AI時代の競争優位性は、「見えざるエンジン」であるクラウドインフラの成熟度によって決まる。タイが真の「ASEANのAIハブ」となるには、国家全体でこのエンジンを力強く駆動させることが不可欠だ。
参考記事リンク
- From Cloud to AI: How Tech Leaders Are Investing in Skills Development to Drive Transformation – Coursera
- 2024 HashiCorp State of Cloud Strategy Survey
- Thailand’s Vision for AI-Driven Economic and Social Growth – OpenGov Asia
- New whitepaper reveals how AI offers a transformative opportunity for manufacturing to drive Thailand 4.0 – SAP News
- PwC Thailand warns of skills gap as key barrier to AI adoption