タイの外国投資環境が根本的に変わろうとしている。2025年4月22日、タイ内閣が外国事業法(FBA)の改正案を原則承認した。この改正は、25年間維持されてきた外資比率49%上限の緩和や撤廃を含む、投資政策の歴史的転換点となる。
改正案の核心:保護から競争力強化へ
今回の改正で最も重要な点は、法の指導理念の根本的転換である。1999年制定の現行FBAは「国内事業者の保護」を主眼としていた。しかし改正案では、法の目的を「タイ事業者全体の競争力強化」へと転換する。
政府は、従来の保護主義的アプローチが国内事業者の競争力向上を阻害し、タイの国際競争力を近隣諸国と比較して低い水準に留めていると判断した。新たな改革により、GDP、雇用率、税収の飛躍的増加を期待している。
三つの改革の柱
1. 外資比率49%上限の緩和・撤廃
現行法では、リスト3に記載された事業で外国資本が50%以上を占める場合、外国人事業許可(FBL)の取得が必要となる。改正案では、非戦略的分野において上限を緩和または撤廃する。これにより、外国企業が過半数株式を保有したり、100%子会社を設立することが容易になる。
特にスタートアップにとって、資金調達ラウンドを重ねても創業者の経営権を維持できるため、大きな追い風となる。
2. FBLプロセスの合理化
現行のFBL申請プロセスは官僚的で時間がかかり、承認基準が不透明だった。最低300万バーツの資本金、技術移転の証明、タイ人雇用創出など、主観的判断に左右される要件が多い。
改正では、このプロセスを大幅に合理化し、透明で予測可能性の高い枠組みに置き換える。審査期間の短縮により、投資家は市場参入にかかる時間とコンプライアンスコストを削減できる。
3. 規制業種リストの見直し
最も問題視されてきたのが、リスト3の項目(21)「その他サービス業」という包括的規定である。この曖昧な規定により、事実上すべてのサービス業が規制対象となり、コンサルティング、物流、デジタルプラットフォーム、フィンテックなどの発展が阻害されてきた。
改正では、これらの近代的サービス業をリスト3から除外し、テクノロジーやスタートアップ分野の成長を促進する。商務省事業開発局は既に、グループ会社内の人事・ITサービス、一部のフィンテック事業、特定条件を満たすソフトウェア開発などの除外を検討している。
ノミニー取り締まりの強化
改正と並行して、政府は違法な「ノミニー(名義借り)」構造への取り締まりを前例のないレベルで強化している。商務省は46,918社以上を対象とした大規模査察を開始した。
さらに重要なのは、FBA違反をマネーロンダリング防止法(AMLA)の前提犯罪と位置づける法改正である。これにより、違法なノミニーを通じて取得された資産の凍結や没収が可能になる。従来の罰金や懲役に加え、事業資産そのものを失うリスクが生じた。
この「浄化と自由化」戦略により、投資家は曖昧なグレーゾーンに留まることができなくなり、合法的なチャネルを選択せざるを得ない状況となる。
地域競争での優位性確保
この改正は、ASEAN域内での競争力維持にも不可欠である。ベトナムは透明なネガティブリスト方式を採用し、多くのサービス分野で100%外資所有を認めている。マレーシアも原則として100%外資所有が可能である。
タイの現行FBA、特にサービス業を包括的に規制するリスト3の存在は、これら競合国との比較で著しく不利な立場に置かれていた。改正により、より対等な条件でFDIを誘致できるようになる。
予想される影響
改正実現により、以下の影響が予想される。
テクノロジー・スタートアップ分野では、外国ベンチャーキャピタルからの資金調達が容易になる。創業者が経営権を維持しながら事業拡大が可能となり、タイが地域のスタートアップハブとしての地位を確立する可能性が高い。
サービス産業では、専門コンサルティング、高度物流サービス、B2Bサービスなど未発達分野への投資が加速する。これにより生産性が向上し、製造業など他産業の競争力強化にも波及効果をもたらす。
中小企業への影響は二面的である。資金力と技術力で勝る外国企業との直接競争に晒される一方、外国企業との提携、技術移転、グローバルサプライチェーンへの参画といった新たなビジネスチャンスも生まれる。
企業の対応策
投資家は以下の点に注意すべきである。
立法プロセスの監視が最重要である。現段階は「原則承認」であり、商務省による法案起草、法制委員会の審査、国会審議の各段階で内容が変更される可能性がある。どの業種がどの程度自由化されるかの詳細を注視する必要がある。
コンプライアンス監査の実施は急務である。ノミニー構造に対する取り締まり強化により、資産没収のリスクが現実化している。複雑な株主構成を持つ企業は、直ちに専門家による監査を実施し、FBA完全準拠を確認すべきである。
機会の特定と戦略策定では、自由化が見込まれる分野での事業機会を積極的に特定し、規制緩和の施行と同時に迅速な行動を起こせる準備が重要である。
今後の展望
BKK IT Newsとしては、今回の改正は単なる規制緩和にとどまらず、タイの国家戦略における根本的転換と捉えている。「浄化と自由化」を両輪とする洗練された戦略により、透明で合法な投資構造を通じて質の高いFDIを誘致する明確な意思を示している。
今後のタイにおける外国投資の成功は、この新しいパラダイムへの適応にかかっている。法的グレーゾーンに依存する戦略はもはや持続不可能であり、透明性の高いコンプライアンス体制を構築した上で、新たに開かれる自由化の機会を戦略的に活用することが成功への鍵となるだろう。
タイの投資環境は、より厳格になる側面と、より自由になる側面を併せ持つ新たなステージへと移行している。この変化の本質を深く理解し、迅速で的確な対応が求められる時代に入った。
参考記事
Improving Foreign Business Act to Reduce Obstacles to Economic
Thailand’s Foreign Business Act – Law.asia
Thai Cabinet Agrees to Ease Foreign Business Ownership Restrictions – Siam Legal
Thailand to Ease Foreign Business Ownership Rules – ASEAN Briefing
Thailand Set to Revise Foreign Business Act in 2025 | FEATURED INSIGHTS