タイ外食産業「パンデミック期より厳しい」 ~売上急減とコスト高騰の二重苦~

タイ外食産業「パンデミック期より厳しい」 ~売上急減とコスト高騰の二重苦~ タイ政治・経済
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タイの飲食業界が未曾有の危機に直面している。業界関係者は現在の状況を「パンデミック期よりも厳しい」と断言する。売上急減とコスト高騰という二重の打撃により、2025年第1四半期だけで3,000軒のレストランが閉業に追い込まれた。この危機は単なる一時的な不況ではなく、業界関係者が「沸騰するカエル」現象と呼ぶ、長期的な構造変化の現れでもある。

深刻化する収益悪化

オフラインでの既存店売上高は、対前年比で14%減という厳しい数字を記録した。これは2023年から2024年にかけての3%減から急激に悪化している。多くの飲食店では1日あたりの平均売上が月50,000バーツから20,000バーツへと半減以下に落ち込んでいる。

売上減少に追い打ちをかけるのがコスト高騰だ。過去1年間で原材料価格は25%上昇した。パーム油、砂糖、電気、豚肉、野菜といった日々の運営に不可欠な品目すべてが値上がりしている。人件費も約5%上昇し、多くのレストランで利益率が最大50%も圧縮される異常事態に陥っている。

新規開業店の生存率も極めて厳しい。現在では約50%が1年以内に閉店する高い失敗率となっており、多くが6~7ヶ月すら持ちこたえられない状況だ。新規開業のペースも大幅に鈍化し、2023年上半期の約96,000件から2025年上半期には44,000件へと半分以下に減少した。

長年蓄積された構造的脆弱性

この危機の根源は、タイ経済が長年抱えてきた構造的な問題にある。特に深刻なのは家計債務の高さだ。2025年第1四半期時点で対GDP比87.4%という異常な高水準に達している。この巨大な債務負担が国内の個人消費を構造的に抑制している。

消費者の行動変化も深刻だ。外食頻度は週4~5回から月1回程度に減少し、一度の食事で注文する品数も5品から3品へと減った。ビュッフェレストランでも客単価が1,500バーツから700バーツへと大幅に下落している。

フードデリバリー市場の拡大も複雑な影響をもたらしている。売上に対して15%から35%という高額な手数料が、レストランの利益率を恒久的に圧迫している。国内消費基盤の弱体化により、多くのレストランは観光客需要に活路を見出さざるを得なかった。しかし、デリバリーへの依存度上昇で十分な利益を内部留保として蓄積することが困難な体質になっていた。

決定的な引き金:中国人観光客の激減

脆弱な体質の業界に決定的な打撃を与えたのが、中国人観光客の突発的な減少だ。2025年上半期の中国人観光客到着数は前年同期比34.13%という壊滅的な減少を記録した。第2四半期には約50%近く減少し、長年首位を維持してきた中国はマレーシアにその座を明け渡すことになった。

中国人観光客は一人当たりの旅行支出が平均42,428バーツと非常に高く、マレーシア人観光客の平均支出21,450バーツのほぼ2倍に相当する。つまり、タイは人数だけでなく最も消費意欲の高い顧客層を失ったのである。

減少の背景には複合的な要因がある。中国のソーシャルメディア上で「タイは危険」という言説が拡散し、2025年4月時点で中国人回答者の半数以上がタイを「危険」と認識している。同時に中国経済の減速と人民元の不安定化、円安を背景とした日本などの競合国の魅力向上も影響している。

深刻な波及効果

この危機は飲食業界を超えて広範囲に波及している。「宿泊・飲食サービス業」は約349万人の雇用を創出する巨大な雇用吸収皿だ。レストラン閉店は直接雇用の喪失だけでなく、食材納入業者、農家、配送ドライバーなどサプライチェーン全体に負の連鎖を引き起こしている。

商業用不動産市場への影響も深刻だ。飲食店の大量撤退により都心部や観光地の空室率が上昇し、賃料相場に強い下方圧力がかかっている。これは不動産オーナーの収益悪化を招き、金融機関の不良債権増加リスクにもつながりかねない。

最も懸念されるのは、タイの重要な文化資本である「食文化」の多様性の危機だ。小規模で独立系の事業者、特にタイ食文化の象徴であるストリートフードの屋台が次々と姿を消している。資本力のある大手ブランドばかりが生き残り、地域に根差した多様で個性的な味が失われることは、タイ料理の「多様性」と「真正性」の侵食を意味する。

生き残りと再生への道筋

BKK IT Newsとして、この危機を乗り越えるためには政府と民間企業双方による二元的アプローチが不可欠と考える。

政府には観光偏重の支援策から脱却し、国内消費を直接刺激する政策が求められる。業界が切望するのは、かつてパンデミック期に実施された「Khon La Khrueng(一人半分)」のような共払い制度の復活だ。この制度は国内消費者の購買力を直接底上げし、幅広い事業者に恩恵をもたらす。

中小企業向けには、POSシステムや会計ソフトウェアといった業務効率化ツール導入への税制優遇措置も重要だ。より柔軟な融資基準の設定により、金融機関へのアクセス改善も急務である。

事業者側には抜本的な変革が必要だ。最新のPOSシステムを活用したデータドリブンな経営、クラウドキッチンのような低コスト・高効率なビジネスモデルへの転換、そして厳格な財務管理の導入が生存の条件となる。

特にクラウドキッチンは、客席を持たずデリバリーに特化することで店舗賃料や人件費といった固定費を大幅に削減できる。低い初期投資で事業を開始でき、一つのキッチンから複数のバーチャルブランドを展開することも可能だ。

業界再編の必然性

この危機は、タイ飲食業界にとって存亡の分かれ目であると同時に、より強靭で持続可能な産業構造への進化の機会でもある。旧来の勘に頼った経営から、データを駆使し財務規律を重んじる現代的ビジネスへと転換できた事業者のみが生き残るだろう。

業界関係者の間では、この状況からの回復には少なくとも3年はかかるとの悲観的な見方が支配的だ。しかし、この試練を乗り越えた先には、より洗練されたタイの食文化が待っているはずだ。政府の役割は脆弱な旧来のモデルを延命させることではなく、この進化プロセスを円滑に進めるための触媒となることである。

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